埋れ木真吾の日記(中学時代)・抜粋

●月×日 雨
学校の帰りに、歩道際を改造車が高速で走って行った。
雨のことは考えの中にも入っていないのだろう。
泥を思いっきり跳ねて疾走していった。

僕は、小学生低学年らしい女の子の顔に跳ねた泥を、ハンカチで落としてあげた。
女の子は可愛らしい声で
「ありがとう」
と、言った。

いいんだ。
だって僕はメシアだから。

●月▲日 晴れ
そろそろ進路について考えなければならない。
志望校を書く用紙を、家に持ち帰る途中で、僕は考え込んでしまった。
何処を選んだところで何だか大して変わり映えがしなさそうだ。

僕は大抵いつも同じ道を通って帰宅する。
昨日、泥を跳ねた車も、実は僕はもう何度も見かけている。
今日は少し帰宅時間が早かったので、昨日の現場で少し待ってみた。
昨日より20分くらい遅れたけれど、ほぼ同じスピードで同じ改造車が走ってきた。

僕が数十分前に書いておいた魔法陣が効いたのか、改造車は突然エンストを起こした。
運転手が舌打ちをしながら、車を降りてきた。
ボンネットを開けたり閉めたりしている。
でも、原因はきっと解らないと思う。
仕方なく、あの車は廃車にするしかないだろう。

運転手が携帯を取り出すのを確認して、僕はそっとその場を離れた。
これで僕の街から、しばらくは騒音が減るかも知れない。
僕はあの運転手が「一生、車に乗れませんように」と祈った。
祈りは通じたようだった。
天が一瞬まぶしく輝いたんだ。
だって僕はメシアだから。

■月●日 曇り
前に書いてから、しばらく経ってしまった。
日記って何かないと書けないよね。
進路は適当に誤魔化してしまった。
大丈夫。
僕が「履歴書」なんて紙はなくしてしまうから、大丈夫なんだ。

ところで、あれから特に面白いことも、世界中が一度に平和になるようなことも起きない。
驚くほどの死体は、毎日大量に出ているので、特筆すべきことではないし。

でも、今日はちょっと成果があった。
新聞に、先日の改造車の運転手の記事が出ていたんだ。
また不法改造車を乗り回して、事故を起こし、結局胴体と頭部が離れてしまったらしい。

「もう、運転は出来ないね」

僕は、心から安心して新聞を閉じた。
大丈夫。
ちゃんと救われるときが来たら、皆救われるのだ。

いいよね。
だって僕はメシアなんだから。
■月□日 晴れ
今日、学校の玄関前に焼けた人形が置いてあった。
先生たちの中に動揺が見られる。
僕は、職員室に密かに取り付けてある「盗聴花草」から送られる信号に耳を傾けた。

この花を「手作りです」と言ってプレゼントした時、担任の若い女の先生はとても喜んだ。
「埋れ木くんは器用なのねえ」
とか何とか言って、まるで若い男性から花束なんて貰ったことがなさそうな笑顔で。
先生はきっと寂しいんだ。
その証拠に、よく、この模造にすぎない花に話しかけている。
それは全部僕の耳に届いているので、時々
「そんなことまでしちゃうんだ、独身の女性って」
と、僕を驚かせることもある。

案の定、職員室内は騒がしかった。
誰かがイタズラで焼けた人形を置き、
「教師も子供も同じようにしてやる」と電話をかけて来たらしい。
埒もない悪ふざけだ。
僕は電話の記録をさかのぼってみた。

昨夜、当直の先生が、不倫相手に長電話しているところまで聞いてしまった。
さかのぼりすぎだ。
こんなの聞いても、世界平和のためにはならない。

もう少し早朝に近い方だ。
ああ、これこれ。
僕は、その電話の声を「盗聴花草」の巻き戻し機能で聞いてみた。
大体、先生方が話していることと同じだ。

朝のホームルームもおかげで遅れている。
ちょうどいいので、僕はそっと教室を出た。
そして「学校」に話しかけてみた。
「見えない学校」と心を通じ合わせたことのある僕にとって、「見える学校」と話すことなど造作もないことだ。

「学校くん。きみの中に何か不審物はある?爆弾とか時限発火装置とか」

学校の答えは「ある」だった。
頭の悪い人がまだまだ世の中には多い。
ちゃんと僕が世界を救うために存在しているんだから、もう少し我慢していればいいのに。

「じゃあ、それを片付けよう」

僕は「見える学校」の声に従って、仕掛けられた子供騙しの発火装置たちを全て集めた。
実際に動くのは僕なんだから、大変だ。
先生たちは手伝ってくれないし。僕、メシアなんだけどなあ。
その隙間に警察が来たらしい。
僕は発火装置たちをよく見える場所に置いて、こそこそと教室に戻った。
警察や先生方は、それらに驚いて何だか色々と処理をしていたようだ。
そのせいで今日は休校になった。

集団下校を義務付けられたものの、途中からぱらぱらと自宅が近づくごとに一人ずつ減っていく。
僕もその中の一人に紛れて、集団から立ち去った。

そして「花」に導かれた電話線の先にある、小さな民家に居た。
手に一つだけ持った発火装置を、そっと玄関先に置くと、僕は今度こそまっすぐ家に戻った。

忘れ物はちゃんと自分で処理しなくちゃ。
大人なんだから。
今日は僕が持っていってあげたけど。

だって僕はメシアなんだからね。


by Kimaro