オーバーキル!
別に誰も正義とか悪とかじゃない。
捏造設定多用。
オリキャラも出てきます。というか松下に彼女がいます。
R-18G。
現代設定、にしてもぶっ壊れた世界観。
早く書き終わらないとセントリーガンが実用化されてしまうという焦りだけでした。どんだけかかるつもりだったの。


時は世紀末。
いや、実はすでに新世紀になってとっくに幾年月が経過している現代日本。
世界でも上位の平和を維持してきたこの国でも犯罪率や失業率が増え、治安も一時よりは悪くなりつつある。それでもまだまだ世界的に見れば平和といえる範囲だが。
かの松下一郎が再び決起のときを待って一時的に身を置いている郊外のこの一軒屋も平和そのものだった。
今日は天気もよく、まさに洗濯日和。
珍しく松下も学校へ昼寝しに行ってくれたので、主に家事炊事を担当している佐藤さんは松下の寝具一式を全部まとめて洗うことにした。
どうにも主君の松下やその忠臣である蛙男は整理整頓という言葉とは縁遠い人種のようだがそれがどうにも我慢できない人種であるのが佐藤さんだ。
洗濯済みの白いシーツが柔らかな風にたなびく。
「うーん、気分いいなあ」
柔らかな日差しの降り注ぐ平和な真昼のことだった。
「助けてっ」
その平和を突然乱す女性の叫び声が響いた。
その声の方を振り返ってみればこの裏庭に面した人通りの少ない道路の向こうから追いつ追われつして走ってくる二つの人影がある。
追われているらしいのは20代中頃のなかなかきれいなOL風の女性だった。美貌を恐怖に歪めてしなやかな足で必死に走っている。
追っているのはこの国にはあまり似つかわしくない黒いレザーの服を着た身長2メートル近い、モヒカン頭で筋骨隆々の大男だった。
その手には大型のマチェットが握られている。なんだか某世紀末救世主伝説漫画に出てきそうな風貌だ。
しかしどうみても異常な命がけの追いかけっこが白昼堂々低い庭木の垣根の一つ向こうで現実に起きている。

む、これは助けるべきか、意外ときれいな女の人だし、いや別に下心だけで助けようって訳じゃなくあくまで善意からであって、あーでもここで助けていいところ見せたら感謝されてお近付きになっちゃってそこから清い交際に発展しちゃったりしたらそれはそれで悪くないかもなあ、第一ただでさえ女性に縁遠い環境にいるんだしもうそろそろ贅沢言える歳でもないんだから出会いはこういうところで掴まないとこのままじゃ一生独身だ。

そんな考えが一瞬で頭を廻った、しかし追っ手の男の足は意外と速かった。
女性の真後ろまで迫った大男が女性の頭にマチェットを振り下ろした。
「あ」
思わず佐藤さんも固まった。
マチェットは完全に女性の頭を真っ二つに割ってまともに食い込んでいた。
女性は断末魔の悲鳴すら上げられなかった。
「あらら…」
佐藤さんは思わずといった感じで呟いていた。
頭を叩き割られ眼球が半ば飛び出した女性の体がまだ逃れようとするようにびくびくと痙攣している、だがただの反射であってまず間違いなく即死だろう。
大男がマチェットを引き抜くと血の糸を引きながらその体が地面に崩れ落ちた。
佐藤さんは肩を落とした。
どうやら間に合わなかったようだ。
女性には気の毒だったがほとんど目の前で起きたこととはいえ敷地外での出来事なら警察の手に任せるべきだろう。もう出来ることは通報くらいだ。
そう考えたので溜息をついて家屋に戻ろうとした時、それが目に入った。
白いシーツにほんの二滴、勢いよく飛んだ返り血がついてしまっていた。
それを見た佐藤さんは愕然とした表情になった、そして勝手口から家に入るとすぐ包丁を手にして戻ってきた。
以前、佐藤さんの誕生日に蛙男から珍しくプレゼントされた刃物の名匠燕三条製の自慢の出刃包丁を。

大男は思いっきり目撃者がいたのを知ってか知らでか女性の死体をしつこく切り刻んでいた。その顔にはあきらかな狂気と愉悦が浮かんでいた。
女性のそれなりに美しかった顔は四つに分解され最早見る影も無くなっていた、やがてバラバラの肉片にされた体も、元のプロポーションなど全くの不詳にしてしまっている。
女性を分解してやっと満足したのか、返り血を盛大に浴びた大男がのっそりと立ち上がり、この場からいずこともなく立ち去ろうとしていた。
「あの」
後ろから声をかけられた。
大男がゆっくり振り返るとなにやら普通の出刃包丁を片手に持った若い男が柳眉を逆立てて仁王立ちしていた。
「洗濯物が汚れたんです」
その声には静かな憤怒が込められていた。
「いえね、僕はヤクザ屋さんじゃないから法外なクリーニング代を請求したりはしませんよ、でもね、洗濯物を汚したことについては一言謝っていただきたいんです」
しかし言ってることが通じているかどうかさえ分からない、相手の大男の目には理性というものが存在しなかった。あるいは薬などをキメているのかもしれない。目の前の、なにやら食って掛かってきたらしい命知らずの若い男、佐藤さんに向かって先ほど女性を解体した血脂でぬめるマチェットを振り上げた。
あの女性と同じようにバラバラのこなごなにしてやるつもりだったのだろう。
佐藤さんのサンダルを履いた足が一歩前へ出た、いや見た目には半歩にも満たなかったかもしれない、佐藤さんが動いたのはそれだけだった。大男の動きが止まり、その太い首のにすうっと赤い線が浮かび上がった。
その赤い線がほとんど首を一周したかと思うと、爆発するように鮮血が四方に吹き出し、頚椎までもが完全に切断され、ごろりと前に落ちた。
大男の手から巨大なマチェットが滑り落ちる。
大男の首が見事なまでの平坦な断面を晒して切り落とされていた、ただその首は喉仏の下あたりの皮一枚でかろうじで胴体に繋がっていた。
佐藤さんは大男の真正面に立っていたというのに後ろから首を切り離すとはどのような妙技だったか。
「謝ってくださったなら結構です」
それは確かにこうべを垂れて謝ったように、非常に無理をすれば見えなくもない。
佐藤さんはにこやかにいうと手にしていた包丁を手首だけで軽く振った、けれど包丁には血糊一つついていなかった。
首を皮一枚残し切断された大男の体が、まず膝を着き、前のめりに伏せるように倒れた。
「ああっ、いや、そんな、なにも土下座までしていただかなくても」
佐藤さんは慌てた様子で数歩後じさり両手を軽く胸の前で振って見せた。
大男の首の断面から大量の血が噴出していたが佐藤さんは微妙な間合いを取っていて血飛沫の一滴も浴びていなかった。
「反省していただけたならそれで結構ですよ、これからは気をつけてくださいね」
最早これからがなくなった相手に対して本気で言ってるのかどうなのか。
笑顔でそういうとくるりと背を向けてこなごなになった女性の遺体を踏まないように慎重に跨いで戻っていった。
「でも血のしみは落ちにくいんだよなあ」と去り際に一言ぼやいた。
裏通りには二体の惨殺死体が転がっていた。
いずれ誰かが見つけて通報するだろう。

午後2時。
そろそろ松下も学校から返ってくるはずの時間だ。
蛙男が書斎から出て居間にくるとなにやらぱぱぱぱぱという小気味良い連続音がすぐ近くから聞こえた。爆竹にしては大人しめだが何かの爆発音には間違いない。
「蛙男さんお疲れさまです、お茶どうぞ」
蛙男の姿を認めると推し量ったかのように佐藤さんがお茶を差し出した。
「すまんな、あれはなんの音だ?」
「ああ、門前に取り付けたセントリーガンの発射音です、最近しつこい勧誘が多くて」
「実用化されてたのか、いや、それ以前に勧誘以外の客だったらどうするんだ?それにメシアだって危険だろう」
「これくらいで死ぬようなメシアじゃないですよ」
「まあ、そうかもしれんが」
座布団の上に座って茶をすすりながらとりあえず蛙男も妙な納得をしていた。
しばらく断続的に短い悲鳴と発砲音が響いていたがやがて弾が尽きたらしい、カキンカキンカキンと軽いスライド音だけが微かに聞こえるようになった。
「あ、弾薬が切れたみたい、ちょっと補充しに行ってきます」
そう言って佐藤さんは席を立つと居間を出て行った。
サンダルを履き玄関を出ると、基本的には無限に銃弾の装填は可能だが今回は約200発の弾丸を仕掛けたセントリーガンのレーザーサイトがまだ標的を捉えようと動いていた、しかし動くものはなかった。
玄関前の道には体中穴だらけになり手足が千切れ半ば頭が吹っ飛んでしまっている夫婦らしき男女とその子供らしき人間の残骸が倒れていた。
その側にはやはり真ん中に穴の開いた濃赤色をした本が落ちている、どうやら宗教の布教活動だったらしい。
それから元は回覧板だったと思しきねずみ色のファイルが転がるすぐ側に、近所の老年のご婦人がやはり無残な残骸となって転がっていた。
その中に見慣れた制服を着た宅配業者の男もいた。
とっくに全滅だと思われたその死に山から突如ぬっと何かが出てきた。
「お、にもつ、です、サイン、か、印鑑、を」
宅配業者の男はまだ息があったらしい、やはり体中穴だらけで顔も一部が吹っ飛んでいたが小指と薬指と中指が半分無くなった手で半分血に染まった受取証を力を振り絞って差し出してきた。
「あ、はい、じゃあサインで」
佐藤さんはそれを受け取るとボールペンでさらさらとサインし、瀕死の宅配業者に差し戻した。
最後の息で「あ、りが、と、う、ございまし、た」というと宅配業者は事切れた。
職務に忠実だった宅配業者の天晴れな殉職であった。
荷物だけは死守したのか手ごろな大きさの段ボール箱は傷一つなく無事だった。返り血は多分に浴びていたが。
「あれ?またメシアがおかしなものをネットで買ったのかと思ったらこれこないだ気まぐれで出した懸賞の賞品じゃがいも3キロじゃないか、当たった、やったあ」
佐藤さんはズタボロの人間たちの死体には目もくれず小躍りで浮かれていた。

松下は松下でなんとなくろくでもない予感がしていたので目下ガールフレンドである同じクラスのこの二ノ宮エリカを直接彼女の家まで送り届けた。
「じゃあね、松下くん、また明日ね」
「ああ、またな」
明日、とは言わない、守れない約束はしない、松下は非常に気まぐれだから。
その上彼女の両親にはどうもよく思われていないらしいのでなるべく速やかに別れの挨拶を済ますと今来た道を戻った。
学校などそもそも彼女が熱心に誘いに来るので行ってるだけだ。
エリカは普通の小学生だ。
一応自分が普通の子供ではないということはそれとなく説明してあるが幼い彼女には完全には理解しきれまい。彼女なりに理解しようとは努力しているらしいが。
だが意外なほど物分りがよく、今時の子供にしてはませたところもなく素直で優しい性格で、とても愛らしい女の子だ。まあ正式なガールフレンドといってもいいかもしれない。
植物係で花壇の花に嬉しそうに如雨露で水をやっている彼女の姿は好きだ。

珍しくそんなことを考えながら松下が自宅にたどり着くと案の定、門前の道路は死体の山で血の海だった。
松下はやはりエリカを真っ直ぐ家に帰して正解だったなと思った。
たまに彼女を家に連れてきて一緒におやつを食べて行ったりすることもある、一応一番良識人に近い、ように見えるだけの、佐藤さんとも親睦がある。佐藤さんはエリカを松下の大切な客人としてもてなし、過度に子ども扱いすることもなくごく対等に接していた。
開け放した玄関の上がり框に腰掛けてセントリーガンのターレットを弄っていた佐藤さんがふと顔を上げて松下の姿を認めた。
「あ、お帰りなさいメシア」
あくまで邪気のない笑顔で迎えられた。
松下は転がる死体を乗り越えながら軽く溜息をついた。
「帰って来るたび玄関先が死屍累々なのはさすがに精神的に堪えるんだがなあ」
辟易した調子で松下が毒づく。
「だったら裏口から入ればいいじゃないですか」
「裏口は裏口でワイヤートラップが仕掛けてあるじゃないか、なんかサイコロステーキ状になった元人間の山が既にいくつか出来てるぞ」
「裏口から黙って進入しようなんて輩がまともな人間なはずはないから気にしないことですよ」
論点を巧妙にすり替えた上にまるで反省しようとしないので松下も諦めた。
主君の帰宅に蛙男も顔を見せた。
彼にとっては鬱陶しいだけのランドセルを玄関にてきとうに放り出す。
「お帰りなさいませメシア、それはそうと人間サイコロステーキというと映画のCUBEを思い出すな」
松下の投げたランドセルを拾い上げながら後半は独り言のように呟いた。
「そこでCUBEというかバイオハザードというかでマニア度が変わってくると思いますね」
蛙男の呟きに佐藤さんがなぜか満足したように数度頷いた、佐藤さんと蛙男はこの頃結構な頻度で古今の映画を一緒に観たりしているらしい。
「どう見てもガス会社の点検作業員が混じってるんだけどな」
松下も諦め半分ながらも一応忠告しておいた。あまり意味が無いと思いながらも。

「こんにちわー」
夕方、ふくろう女こと現在は近在の公立高校に通う二年生の女子高生、大島雅(おおしま みやび)がいかにも学校帰りにここへ来るのが当然だから顔を出しましたといった風情で現れた。
彼女は現在、生粋の現代の女子高生として人生を謳歌している。
「雅さん、いらっしゃい、ところでこんにちわじゃなくてこんにちはですよ、日本語は正しく使いましょうね」
「そんな些細な違いが分かる佐藤さんステキー」
雅がよく分からないことで感激して佐藤さんに抱きついた。
ふくろう女は半年前、ちょっとした事情で街のど真ん中で松下の存在を良しとしない敵対勢力の襲撃に遭い、瀕死の重傷を負ったが、その襲撃に運悪く巻き込まれた高校生カップルらしい二人組みを偶然見つけた。他にも犠牲者は出たがとにかく一番近くにいたのがこのカップルだった。少年の方はもう動かなかったが少女の方はまだ息があった、一か八かの賭けだったが、ふくろうの体が死ぬと同時に死にかけていたこの少女の体にいささか強引に乗り移ることに成功した。
そうして大島雅というこの少女の人格を有したまま同時に古代の魔術師ふくろう女として見事復活した。
ちなみにその時一緒にいた彼氏は死んだままだがそれはどうでもいいらしい、雅いわく「彼氏がいるというステータスが欲しくて付き合ってただけで別にそんなに好きでもなかったし」だそうだ。とにかく前々から欲しかった人間の体を、しかもなかなかに可愛い今時の女子高生を手に入れられてご満悦な彼女だった。
ちなみに今の雅が恋心を抱いているのは佐藤さんらしい。人間になってみて、人間の目を通して改めて見てみたら非常に好みのタイプだったそうだ。
来客を知って松下も居間に顔を出す。
居間には雅の他に蛙男がいた。
「よう雅」
松下も彼女の意向によりふくろう女ではなく雅と呼んでいる。
「はーいメシア、なんかここに来るまで警官がやけにうろうろしてたけどなんかあったの?」
「まあ色々と」
細かい事情を説明する気力が妙に損なわれているので松下もてきとうに流した。
「世の中いろいろぶっそーだもんねー、あ、クッキーおいしそう食べていい?」
当たり前のように居間の座卓の上にあった菓子盆からクッキーを取って食べ始めた。もっとも松下も蛙男も甘い菓子は好まないので雅のために用意されていたといってもまあ間違いではない。
「そうそう、メシア聞いた?なんか新宿御苑で騒ぎがあったって、例の扉を600年ぶりに開きたがってるのがいるらしいよ」
「例の扉?」
雅に紅茶を淹れてきた佐藤さんが割り込んでると承知で聞き正した。
「あ、ありがとう、うん、要するに異界に通じる扉なんだけどさ、これ開けると化け物がこっちの世界に出てきて人間を片っ端から食べちゃうのよね、当然封印されてるんだけどさ、なんかその封印を解こうとしてる連中がいるらしいの、ぽっと出の魔術師にしてはちょっと色々よく知ってるっていうか、まあなんかちょいやばそうなんだよね」
雅の説明は稚拙だったがその分解りやすかった。
「新宿御苑といえば百霊門か」
蛙男にもその辺の知識があるのか人間界でのその扉の通称を呼んでみせた。
「百霊杯なら知ってますけど」
佐藤さんが小首を傾げて誰に言うともなしに呟いた。
松下が小脇に抱えてきた自分のラップトップを開いてネットで最新のニュースをチェックしてみた。
「これか、百人規模の暴徒化した集団が警官隊と衝突してけが人数人が出たと、一応狂信的カルトの仕業じゃなく政治的なデモ隊が起こした騒ぎとなってるが」
「そう、ほら偶然現場に居合わせた学校の友達から画像来てた」
そう言って雅が端末を差し出す。
蛍光ピンクで統一された彼女の派手なモバイルの画面には警官隊と衝突しているというよりは圧制している黒衣の集団が写っていた。
「何者か知らんが新宿御苑の地下深くに百霊門があることを知ってるだけでもずいぶんと詳しそうだ、確かに今成のカルト集団じゃないらしいな」
松下が肉体年齢にそぐわぬ大人びた仕草で腕組し、しばし黙考していた。
「異界の扉が開いて怪物が人間界にあふれ出すなんて、なんかミストみたいですね」
どこか浮かれた調子で佐藤さんが以前観た映画のタイトルに現状を例えた。
「あの映画はどうも後味が悪すぎてなあ」
最近佐藤さんの影響か、俗っぽいものに染まりつつある蛙男が合の手を入れる。
「でも原作者はあのラストを観て、この手があったかって驚嘆したらしいですよ」
何故か映画オタク気味な二人を放っておいて松下は組んでいた腕を解いてその手を再びキーボードの上に滑らせる。
検索ツールに、御坂禍殃、百眼教、と打ち込んだ。
検索結果のトップに百眼教のWikiが引っかかった。
昭和50年代まで存在していたカルト教団で信者数は大して多くなく500人程度だった、教祖の御坂禍殃(みさか かおう)といういかにもな名前の男が率いていたがなんのことはない、昭和57年に病死か自殺か事故死か未だに不明ではあるが62歳で死亡したことで教団は程なく自然分解した。
よくある終末思想を教理に掲げていた小さな新興宗教だった。御坂禍殃という名も本名ではない。
そこまでは松下の脳内のデータベースの内容と寸分たがわない、ただ気になったのが、その教祖がどこで知りえたか百霊門の存在をしつこく謳っていたことだ。その門を自らの手で開け放つことで腐った文明社会を一掃し、己が統率する信者のみが生き残るという終末思想。
そもそも御坂という男は別の新興宗教の一司祭だったがある日突然強引とも呼べる分派を行い、数十人程度の狂信的信者を引き連れて百眼教を立ち上げたらしい。
それ自体は過去の話だ、だがもしかしたらその教理を継ぐ者が現れたのかもしれない。
更にワードを変えて検索を続けたが今のところ似たような教理を掲げた宗教団体は見つからなかった。
ただ今の新宿御苑を、いくら信者を集めようと宗教法人だろうと簡単に掘り返したりはできないはず。
そもそも百霊門の存在自体がもう口頭伝承なのだ。
600年前に一度開かれたとは聞いているが封印が解かれてから三日目に時の高僧によって閉ざされたとされている、しかしその方法まではさすがに松下も知らない。当然正史にも残っていない。
松下は無意識に指で机をトントンと叩いていた。
「気になる案件だな、詳しく調査してみるか、雅は一旦自宅へ戻れ、あんまり遅くなるとお前の両親が心配するだろうし、必要になったら呼ぶからとりあえず待機しててくれ」
「はあい、わっかりました」
そういうと少女はカップに残った紅茶をぐいっとひと飲みで飲み干して立ち上がり「じゃーね」と軽い返事を残し居間を後にした。
ついでに佐藤さんに投げキッスをして。
佐藤さんは笑顔のまま何故かそれをさり気なく避けていたが。

一度気になりだすと突き詰めないといけないのが松下の悪い癖だ。
松下は無意識にクロスさせた人差し指と中指でまだ机をたたいて考え事をしていた。
そこでまた一つのひらめきがあった、御坂禍殃の親類縁者だ、小さな教団だったとはいえ英雄は色を好むものだ、御坂が英雄であったかは甚だ疑問だが、権力を握った男のやることなど大方決まっている。机を叩いていた指が再びキーボードの上を滑った、そして見つけた。
小さな古い新聞記事だ。御坂には子供が複数人いたとされている、生涯結婚はしてなかったようだが内縁の妻は何人もいた、いわゆる愛人であった彼女らも信者だった、その子ども達の名前やその後はどこにも記載されていなかったが父親から恐らく終末思想と百霊門のことを聞いて育ったはず、このあたりが一番濃厚な線だ。生きていれば丁度、御坂が百眼教を立ち上げたくらいの年頃だろう。
これ以上の情報はネットでは手に入らない、そこでラップトップを放置して書斎へ向かった。
「ねえ蛙男さん、ひょっとしてまずい状況なんですか?」
「まずいかどうかはまだ分からん、封印自体は素人に解けるものじゃないが存在自体が禁忌だから万一のことを考えてるんだろう」
蛙男が煎餅をバリバリと齧りながらそれほど深刻ではなさそうな口調で言う。
「ふうん、でもなんだか物騒な気配がしますね」
放置された松下のラップトップを覗き込んで呟いた。
佐藤さんはこの様なことに造詣はないが素人の勘ほど当たることはある。

たかが30畳の書斎だが古書、奇書、珍書の類ならそこいらの図書館には負けていない蔵書を誇る松下のこの書斎は日光を嫌う書物でいっぱいなので窓は塞がれ、簡素な換気扇があるだけでいつも薄暗く埃っぽい。松下はとある本棚の前に立つと棚の下部を思い切り蹴った。
重い本棚が揺れて狙いすましたかのように一冊の本が落ちてくる、それを難なく頭上でキャッチするとその場で膝をついて本を開いた。この本棚を蹴って目的の本だけ落とす技は背丈の足りない松下の得意技だ。いつか使わずとも済むようになりたいとは思っている。一応。
そして呪文のような言語を口にすると本のページが手を触れることなくパラパラと捲れた、そして止まった、そこには数人の人物画と記録が乗っている。
言うまでもなく御坂禍殃の子ども達に関する記載だった。
この本は通称人別帳と呼ばれており一見するとただの古文書だが古アラム語で知りたい人物の名前を言えば世界中の誰でもその詳しい履歴を映してくれる魔法の書物だ。
この場合松下は御坂禍殃の子ども達についてと言った、子ども達は全部で12人、うち御坂が怪死した当時14歳だった長男は現在建設会社に勤めていて不審点は見当たらない、長男であれば一番影響を受けていると思ったが。同じく長女にも特筆すべき事柄は見当たらない、彼らは教団解散後それぞれの母親に引き取られ紆余曲折はあったようだが一応は社会に適応したらしい。だた一人、末息子が2歳で事故死していた、風呂場で溺れたことが原因だったがそれが分かったのは教団が無くなってから数年後のことだ、当時彼らはそもそも出生届を出されておらず社会的にはいない人間だった。
教団内で葬儀は執り行われたようだが教祖の息子が事故死という点に引っかかった。
突破口はここにあるかもしれない、再び人別帳に戻ると御坂禍殃自身の生涯を映した、ずいぶんとえげつない履歴の持ち主ではあった、そこで分かったが御坂禍殃は病死だった、死因は膵臓がん。
やはりなと松下は思った。
御坂禍殃は自分の死期を知っていたのだろう、そんな教祖の考えることは何としても教団を存続させることだろう、だが現実には何の手も打たず教団は自然消滅してしまった。ここにおかしななものを覚える。
幹部だった者たちや当時14歳だった長男にその座を譲った記録もない、ただ「必ず蘇る」と病床で語っていたらしい。
ふと松下は人別帳をそのままに今度は別の本棚を蹴った、落ちてきた本を手にすると今度は慎重にページを捲る。
それは10世紀ごろに書かれた魔術書だがここにある禁術が乗っている、それは人間の魂の乗っ取りに関する書だった、松下が使途を蘇らせたのとはまるで違う方法だが人間の魂が別の人間を乗っ取る方法が記されている。
この魔術書はデモーニッシュ、悪魔崇拝の人間によって書かれたものだ、この世に数冊もなかっただろう、だがこの通りに契約を行って本当に人間の魂が別の人間を乗っ取ることが出来るとは確証が持てないがあるいは御坂が同じような手段を試みたかもしれない。
末息子の死がそこに結びついているかもしれない。


続く!