「綺麗だとは思わないか?」 見かけや声は全くの少年だが口調や醸し出す雰囲気のそれはどこかしら威厳に満ち重みがある。 「は?」 読書に熱中していたこの幼い主君から突然主語のない問いかけに、彼の一番の信徒である蛙男がいささか頓狂な声を上げた。 そんな男をちらと目だけを動かして見た松下が今まで開いていた本のページをそのままにくるりと向けた。 そこにはギュスターヴ・ドレの油彩画「アンドロメダ」があった。 我知らず、蛙男が眉を上げる。 なんと珍しい、彼の主君が読むものといえば難解な古語で書かれた魔法書の類か、もしくは専門書であるのが通例だったはずである。 それが意外にも熱心に目を通していたのは19世紀の挿絵画家の画集であった。 事実、意外ではあったがこの知識欲の塊のような主君のことである、突如何に興味を示したとて別段ありえないことはないのだろう。 いまいちピンとはこないがそう考え直した蛙男は「ええ…まあ、そうですね」と多少濁したような返事を返した。 実際に美しい絵であるからそれ自体に異論があるわけではないのだが。 「見たまえよ、この優美な曲線とふくよかな肉付きと絹のような肌の質感、素晴らしい女性の肉体美だな」 口の端を吊り上げた松下がさも嬉しそうに絵の中の縛められた裸身の美女の身体の線をことさら強調するように指先でなぞって見せた。 「…はあ…」 まるで挑みかかるような視線をこちらに投げかけつつ、言葉とは裏腹にどこかしら卑猥な手つきを見せる松下にますます唖然とした感情が蛙男の心を満たしてゆく。 本来こうした神話の挿絵などは別段春画でもないのだから劣情を煽る為だけに描かれたというわけではない、むしろ縛められた美しい裸体の女性と荒くれる海の怪物という退廃的な構図こそを美しいと評価するのが普通だ。 これを書いたものが性的欲望のみを重視したとは思えない、真剣に書いているからこそ、アンドロメダの美しさが比類ない穢れなきものに映るのだろう。 「基本的に曲線美とは主に女性の脂肪によって成り立つものではあるが、そう言ってしまうといささか突き放した感があるな、だが僕の審美眼はさして特異ではないだろう?」 またも意図のわからない問いかけをされて今度こそ蛙男は首を傾げざるを得なかった。 「はい…そうですが…なにがおっしゃりたいので?」 「質問しているのは僕の方だよ、女性の美に対して今僕が論じたように、僕が持っているこの美に対する価値観は普通かどうか、と聞いているんだ」 さっきまでの不敵な笑みを消し、頬杖をついてあきれたように畳み掛けてくる松下はいつにも増して高圧的であった、いや、この松下は忠臣である彼に対してはこうした態度をとるのは珍しいことである。 ひょっとすると彼の主君は機嫌が悪いのだろうか? そんな疑問さえ抱かせてしまう態度にわずかながら身を引きながら蛙男にしては珍しく歯切れの悪い口調で答えた。 「普通か否かと聞かれるのであれば…普通でしょうな」 虫の居所が悪いのであればあえて波風を立てることは得策ではない、蛙男は至極差し障りのない返答をしたつもりだった。 しかしなぜか当の松下はといえば幼い外見に似つかわしくないほどに眉間のしわをいよいよ深くしていた、当然察した蛙男は何が不味かったのかと反芻した。 「ふん…まあいいけどね」 どう聞いても納得のいっておらぬ返事である。 これは確実に松下は虫の居所が悪い。 しかし理由が思い当たらない蛙男は出来ることならこの主の不機嫌が元々であったと信じたかった、自分の所為ではないと思いたかった、のであるが…。 「なんだか君が僕を小馬鹿にしているように聞こえるのだけれどこの際どうでもいいさ」 「そんな!メシア、私が馬鹿にするなどと、ありえません!」 慌てて誤解を解こうとする蛙男を手で制して、軽いため息をつきながら軽く左右に首を振った。 「そんなにむきになるな、いや僕も悪かったよ、しかしどうにも君は、僕の発言になにか別のところに真意があると思ってやしないか?そんなものはありはしないよ、僕が今言ったことは言葉どおりの意味さ、女性の肉感的な身体と曲線、それから瑞々しい練絹のような皇かな肌、それらを美しく思うことは当然のことじゃないかというだけのことだよ」 「は…はい、申し訳ありませんでした、確かに質問の意味を図りかねていましたので…失礼と取られる発言をしたかもしれません」 思わず声を荒げてしまった引け目もあって、蛙男は気の毒にも当の松下に慰められつつ平身低頭する羽目になった。 しかし…それにしても解せないのはかの松下が「女性の肉体美」について意見を求めてきたという紛れもない事実である。 色を知るころ…というには少々この主君の身体年齢は幼すぎる気はする、精神的な面で言えば、それは下手な成人を遥かにしのぐのではあるのだが。 「僕はね、悩んでいるんだよ」 突然松下の発した言葉に今度こそ蛙男は度肝を抜かれた、この誰よりも聡明な主君が悩んでいる?何に対して? 蛙男はこんどこそ混乱しながらも主君の苦悩を救って差し上げたいという忠心で松下の目を覗き込んだ。 「メシア、一体何を悩まれているのです?らしくありません、貴方に解決できないことをこの私ごときが共に解明に努めようとするのは甚だ不躾ではあるかと思いますが、どうぞこの私を信じて、その悩みをお話願えませんか?尽力を尽くしますから…」 そんなあくまで必死に忠義を貫こうとする蛙男を見て、今度は松下は思わず破顔してしまった。 「そうか、そうか、君は僕のナンバーワンだ、そうやって僕を心から労わってくれる君の存在がありがたいよ、でもこれから僕が言うことを聞いたら君もさすがに忠臣ではいられなくなるかもしれないな」 松下は肩を揺らして堪えきれぬようなくっくっという笑を溢した。 「私が、メシアを裏切るなど、ありえません」 「もちろん信じているさ、僕が心から信頼できるのは君だけだよ蛙男君」 これは蛙男にとって何物にも変えがたい賛美の言葉だっただろう、先ほどまでの緊張感も吹き飛んで主君の笑顔が戻ったことを体なく喜び、有難きお言葉を拝聴した。 しかし続く松下の問いかけに、高揚気味だった蛙男の精神は一気に冷静に、いや零下にまで下がらされざるを得なくなるとは予想もしていなかっただろう。 「僕は常々思っているんだよ…女性の柔らかくしっとりとした肌とは対極の、硬く乾いた質感の筋張った、それでも木目細かい肌のあの首筋はちょっと卑怯さえあるよな。無駄な贅肉など一切付いていない身体も女性の曲線美とは好対照のある種の曲線美だよな、緩やかこそあれ彼の身体の線は緩急があって美しい。手などに至っては大きくて指が長くて形がいい、そのうえ男性ならではの無骨さと繊細さを同時にかそなえていて実に素晴らしい。まるで古代の巨匠が創った彫像のようだ。ああ、あれは着やせするのだろうかな?脱ぐと意外にも筋肉の付がよくそれでいてバランスの良い引き締まった身体の持ち主であるということも魅力的だ。そして上品さが内側からにじみ出ているようなあの端正な顔…秀麗さ…侵しがたい聖女のような色気…」 松下の表情はトランス状態といっても差支えがないほどにうっとりとしてその理性は別世界に飛んでいってしまっているようだ。 先ほどからこの普段は怜悧で幼い外見の主君の口からこんな言葉の羅列を聞こうとは夢にもおもわなんだ。 だが、しかし、松下は誰のことを言っているのだろうか…? 「あの…」 「わからないかい?佐藤のヤツだよ、僕はね、常々彼を「綺麗」だと思っていたんだ」 なんと、たった今この我が主君が恍惚とした表情で美辞麗句を並べて語った人物はあの佐藤であったと。信じられない。 「しかし、僕は男だからね、君がさっき認めてくれたように女性のふくよかな曲線美や瑞々しい肌の感触を嫌ってなどいないのだよ、むしろ賛美しているほどさ、だというのに、その全く対極にいるはずのあの佐藤の肌に顔に身体に仕草に、僕はどうにも美しさを感じてならないんだよ、悩んでいるってのは、このことさ僕はおかしいのだろうかな?」 さすがの蛙男も、松下の突然の爆弾発言を聞いて内心穏やかでいられるわけがない。 ともすれば、信じがたいことだが、我が主君は、あの佐藤を愛欲の対象としてみている…?いや、そんな馬鹿な…。 「そこで君にも意見を聞きたいのだ」 「はっ?」 突然振られた蛙男の口から驚きにひっくり返ったような声が上がった。 「あいつ、綺麗だと思わないか?」 一体、今日の主君はどうしたというのだろう、今度は一転して楽しさを堪えきれぬように笑みを湛え、目を細くしてそれこそ何かしらの疚しささえ含んでいるかのようである。 今の状態を表すならば蛇ににらまれた蛙…というより、卑劣漢に追い詰められたか弱い乙女の心境の方が近いのではないだろうか。 しかし、これはどう答えたものだろう? 「なあ、君、僕の目がおかしいのかな?それともそう見えるのは普通のことなのかな?君の目を通したらどういう答えが出るのかな?」 蛙男はどうにも態度のおかしい主の神経を逆なでしないよう、かつこの全くの予想外の質問に「正しい」答えを出そうと頭をめぐらせる羽目になった。 あの佐藤が「綺麗」かどうか。 美の基準というのは年代や場所によってひいては個人の主観によってさえも変わり行くものではあるが、過去現在を通して一貫する絶対の基準は突き詰めれば「正対称(シンメトリー)」だといわれている。 それを踏まえ、あまり考えたことはなかったし考え見ようとさえ思わなかったがこの問題にあえて挑戦してみる。 蛙男にしてみれば美の価値観における観察対象といえばどちらかといえば女性に対してのものであった、彼のセクシャリティはごくノーマルである、とはいえここで求められているのはそうした個人的趣味主観のことではなくもっと普遍的なものらしいと判断した。 この国の時流における美の基準というのはいかに西洋的(つまり上背があったり手足が長くあったり、彫が深かったり等)であるかどうかのようだ。 そうなれば確かにあの彼はこの基準からすればまあ「美形」といってもいいだろう、顔立ちは整っているし背も高いし手足も長ければ思いの外、頭部が小さい、その為か一見するとずいぶん長身に見えるが実はさして大男ではないのだと判る。 たしか以前、こちらから聞いたわけではないが彼の口から実際の身長を聞いた気がする、170センチ代の後半程度であったか?蛙男にとっては別段記憶しておくに値しない事柄だったため曖昧であるのは致し方ない。 とにかく全体的に見てバランスが整っているのは間違いない。 ただ大分性格的な部分で損をしているような気もするが、この際求められているのはそうした内面のことではないのだろう、ならば答えはYESであっても差し支えはないはずだ。 「えー…はい、一般的に見て、そうでしょうね」 そこまで考えて至極平和的で模範的な回答をしたつもりの蛙男であったがそれを聞いた松下がまたも不機嫌を顕にした表情になった上に方眉を吊り上げて愚かなものを見下すような視線さえ向けてきたのには薄ら寒いものを覚えた。 なにが間違っていたのだろうか? 「僕の質問の意図を全く理解してなかったようだな、君はそんなに愚鈍だったか?だれが一般的な評価を求めた?お前自身のあいつに対する評価を聞きたいといってるんだよ僕は」 (途中から呼称が「君」から「お前」へとランク下がっとる…) 怖い、松下は本気で憤怒を募らせているらしい、普段下がり気味な眦がどういうわけかつりあがって見える、これは、怖い。 「あ、はい、えー、あの…私の場合は、メシアがおっしゃられましたように、その、佐藤のやつを特別、きれいかどうかと思って眺めたことはこれまでなかったので…あくまで一般的に評価せざるを得なかったのです、それがメシアにとって的を射た返答にならなかったのは申し訳ありませんでしたが…」 「なら今からよく考えてみたらどうだ?」 一応選択を提示した形にはなっているが、まず間違いなく命令だろう。 そして松下が「悩みを聞いてくれ」などといいつつ、自分に何を言わせたいのかも薄々は。 (…どうする…) 蛙男にしてみれば今度こそ文字通り松下という蛇に睨まれた蛙、もしくは超神水を前にした孫悟空の気分(といっても蛙男さんは知らないだろうが)だが、どうもこうもないのもまた事実である。 松下にこんな風に試されるのははっきり言えば初めてのことであったし、もはや試されるという言い回しは生ぬるい方で実際には半ば挑戦を受けているのだということも判ってはいるが。 「はい…」 本当に、本心から気が進まないのだけれど、ここは佐藤のいいところを見つけて挙げていかなければどうにも松下が満足して開放してくれないようにも思う。 しかし佐藤にいいところなんてあったっけ?彼の人にとっては大変失礼だがそれが事実蛙男の気持ちだった。 だがここはとりあえずそこはかとない気分の悪さを頭の隅に追いやって持ち前の集中力と語彙を総動員してがんばるしかないようだ。 (えーっと…佐藤ねえ…、あいつ…ってどんな顔してたっけ?ああもうなんか敢えて思い出そうとすると返ってわからなくなるぞ…) それでも記憶に鞭打ってなんとか先ずは佐藤の外見を改めて思い出してみる。 とにかく褒められる部分を見つけなければ、それは普段なればたいして難しいことではなかったが松下から大変なプレッシャーをかけられている今、その作業は格段に困難を極めるものとなる。 「ええ…と…そう、言えば、あいつは…そうですね…男にしては目が大きい、です、かな?まあ形も悪くは、ないですな、いや、むしろくっきりとした二重がかなり、えー美しい、かもしれませんね、ああ、あと睫毛もずいぶんと長いですな、以前、あいつの顔を間近で見た時そう思ったのを覚えています、まあ…それが男として美徳かどうかは別ですがね、それと、鼻筋も通っていて、でもあくまで大きいのではなくておおよそ理想形といったところでしょうか?言われてみれば、そう、作り物のような顔ですね、あと…確かにあの歳の男にしては、そう、肌なんかはかなり綺麗な方ですしね、髭剃り痕がほとんど目立たないのは元々そんなに髭が濃い体質じゃないんでしょうな、それに唇の形も厚過ぎず薄すぎずでわるくないんじゃないでしょうか、咬むのが癖なんでしょうかね?たまにやたら血色のいい赤い唇してますけどありゃなんでしょうね?」 ようやく頭がスムーズに回転してきたのか、最初はたどたどしかった口調も軽くすべるようになってくる。 松下はそれをどういうわけか嬉しくてたまらないというように頬杖をつきながら聞いている。 「全くの黄金比なわけはないんでしょうが、多分かなり左右対称に近い顔だから妙に整って見えるんでしょうかね、それにあいつ一見するほど背が高いわけでもないんですよね、元々顔が小さいんですよ、だからかなり長身に見えるけど…あー、と確か…17…8センチ?だったかな?そうだ思い出した、180センチは超えてないんですよね、前に聞いたところによると、言われてみればほぼ八頭身ですね、あいつ、まあいちいち私と比較してくるので気に食わないけど足は長い、うん、無駄に長いですな」 一度口が回りだすと順調なもので、その上概して蛙男のようなタイプは博識な分だけ持てる情報を全て開示しないと気がすまない体質である。 それを黙りつつさっきまでは微笑ましく見つめていた松下の顔がわが意を得たりというよりはどういうわけかここら辺で神妙になってきているのには気が付いていない。 「あいつは、落差が結構激しいというか、妙に男らしく見えるときと可愛い…というと語弊があるかもしれませんがまあなんというか愛嬌があるときはありますね、やけに子供っぽいとでもいうんでしょうか、それも極端で。そうそう、一昨日の夜遅くにいい酒が手に入ったからってあいつが誘いに来たんですよ、まあ私としても酒は嫌いじゃありませんからね、酔うことはないですけど、それで付き合ったんですけど、ああ、それからこれは周知の事実ですが料理上手ですな、マメというかなんというか、肴もまあいろいろ作ってきて…でもあんまり酒に強い方でもないんですな佐藤のやつは、弱いわけでもないですけど、人並み程度ですか?しかし絡み上戸っていうんですかね?あれはちょっとどうかと思うんですが、急に女みたいに甘えてくるのは正直やめて欲しいですね。気持ち悪いわ!ってどつくと下手な泣き真似はするし、お前がやっても全然可愛くないぞと…、どつき返してくることもよくありますけどね。そうそうもっと以前二人で呑んだ時なんかあいつ、気が付いたら皿に顔突っ込んだまま寝てたんですよ、いやあれは驚きましたね、食いながら寝るなんてお前は三歳児かと、もういい大人なんだから自分の限界くらい知っておけと言いたかったですよ、しょうがないあさりの酒蒸しで溺死されても困るから足掴んで部屋まで引き摺っていってやりましたけどね。そのとき敢えて顔の方を下にして引き摺ったから次の日文句言われましたけどそんな筋合いはないというか」 そこまで珍しくも饒舌に喋って、ふと蛙男は筋道がずれているのに気が付いた、そうだった、世間話ではない、あいつのいいところを挙げなければいけないのだった。 どうも彼を「褒める」という行為に慣れていない蛙男だったからいつの間にか話が脱線しているのにしばらく気が付かなかった、それを思い出した蛙男が反射的に謝罪を入れようと松下を見て、固まった。 何故か、松下は食いしばった歯をむき出しにしてそれこそ鬼のような形相でこちら睨み付けていた。 蛙男がもうちょっと意気地のない男だったらおそらく悲鳴さえ上げていたかもしれない。 (とてつもなく怒ってる!?いや確かに論点がずれていたことは申し訳なかったしつまらない話をお聞かせしてしまったけれど、なにもそんな射殺さんばかりの勢いで…) 蛙男が謝罪のタイミングを完全に失い何らかのリアクションを起こすことも出来ずにいると、突然松下が机を両手で叩いて立ち上がった。 「ずるい!!なんだよそれ!?」 「……は?」 机を叩く音に飛び上がりかけた蛙男だったが、松下の口から出た怒号はちょっと予想と違っていた。 「夜中に呑んでた!?二人で!?どついたらどつき返してくる!?皿に顔を突っ込んだまま寝た!?酔っ払うと可愛くなる!?そんなのは僕は知らないぞ!?そもそもあいつが酔ったところさえ見たことないぞ!なのに何だ当たり前みたいに語りやがって!僕は全然知らないぞ!?お前だけそんなところを見てるなんてずるい!そんなのはずるい!!」 「…え?」 (いや、可愛いと明言したわけじゃないけれど…そんなことよりこの怒りの方向性は何だ?何に向けられたものなんだ?ずるいといわれたぞ?何がどうずるいというのか?) 「僕はあいつの正確な身長さえ知らなかったぞ!どうしてお前にだけそんなくだけたところを見せるんだ!?なんでそんなに警戒心がないんだ!?なんでお前はそれを僕に楽しそうに聞かせるんだ!?自慢してるのか!?」 松下の子供じみた…とは言っても彼の肉体年齢はまさに子供なのだが、その言い分に蛙男はあいた口が塞がらなかった。 楽しそうになどした覚えはないし、まして自慢であるわけがない。 これはひょっとしなくても望んだ返答ではないから気分を害したわけでもなく、単に二人の仲の良さを「妬いてる」のであろうか? それこそ不可解である。 蛙男からしてみれば至極普通の友人付き合いをしただけであってそれを何故松下が非難するのかわからない、別段嫉妬を喚起するほど程仲良しであったわけではまるでない。 あまり彼としては考えたくないことではあったが、佐藤と仲良くしたことで松下が嫉妬するのであればそれはつまり松下が佐藤に対して独占欲にまつわる感情を持ち合わせているということだろうか? そうだと仮定しても自分に対して嫉妬が向けられるのは謂れがない、第一何も佐藤は松下の恋人なわけではないのだし、たとえそうだったとしても、その佐藤と純粋に友人として付き合ってはいけない理由はどこにもない。 ましてや何が「ずるい」のだろうか。 そもそも彼は松下の恋人ですらないのだから。 「もういい!お前の顔なんか当分見たくない、僕は部屋に篭るがしばらく一人にしておいてくれ!!」 そう捨て台詞を残すと松下はわざと床を踏み鳴らすように乱暴に大またで歩いて書斎を出て行ってしまった。 「あの…」 後には言葉もなく立ち尽くす蛙男だけが残された。 (…もしかすると知ってはいけないことを知ってしまったかもしれん…というかむしろ知りたくなかったというほうが正しいか…こうなると今後一切佐藤とは口を利いてはいけないのだろうか?それはそれで不自然な気もするが…というか俺は一体どうすればよかったんだろうか…?) そもそもこの話題を持ち出したのは松下だ、どう答えれば一番彼が納得したのだろうか?それすらわからない。 あるいは松下が彼の容姿を称賛するのに同調して「そうそう、そうですよね」などと合いの手を入れてもやはり気分を害したのではないだろうか? 自分の体験から思い起こしてもおおよそ松下の今の心境に該当するものが出てこず、蛙男がまともに動けるようになったのはそれから15分近く経過してからだった。 だが松下がようやくまともに顔を見せてくれるまでにはまだ3日かかった。 そして通常通り口を利いてもらえるのはまだ先の話になる。 もちろんその間、二人の妙な空気に首をかしげ、何があったのかと佐藤が当然聞いてきたが蛙男にも答えられることは何もなかったのである。 ブラウザバックでお戻りください |