千年先には…



自分の手のひらには掴めるモノがいくらでもあると思っていた。




この世と呼ばれる世界に生を受けてから、必要なものは揃っていたし、
不足があるなら手に入れればいいだけの話だ。
自分の母親に受け入れられなくても、それに対して自分が罪悪感を抱いても母親は帰ってこないのだし、
母親というものは自分を出産した女性であるのだから、
一人しかいないのだ。

他の女を義母とされても、何も感じるところはない。

父親はそれを解っているのかいないのか、後添えを選ぶ事も無かった。

自分はまぁまぁ幸せな環境に置かれていると思う。
金に苦労しないし、
勉強だって自分でやろうと思えば、
何処までも追求できる。

何でもできるのだ。

一応学校という場所に通ってみた。
想像以上につまらない場所だ。
下らない。時間の無駄だ。
つまらないヤツの耳を引きちぎってやったら、あっけなく退学だ。
時間はある程度有限なのだから、浪費したくはない。

やらなければいけない事はまだまだ山積みだ。

地獄とこの世を統一するためには、この地上に真の平和をもたらすには…考える事は尽きないし、まず何処から手を入れるかも問題だ。魂の入れ物だってまだ足りない。
そんな所に、丁度よく新しい魂の入れ物が訪れた。

頑丈そうな体つきの実直そうな青年は、「佐藤」と名乗った。

父親が退学になった息子の為に、会社でも有能な社員の一人を家庭教師として雇ったのだそうだ。
東大を主席で卒業し、一流企業で働く人間。順風満帆で、これからも自分が成功する事を確信しているような、挫折を知らなさそうな人間だ。
これからどんな屈辱を受けるかも予想だにしていない、真っ直ぐそのままを見ているといって憚らない瞳。

無垢であればあるほど、汚したくなる。

汚し甲斐がある。

滅茶苦茶に破壊するのだ。

それだけ少し想って、顔が歪んだ。周りから見れば少しはにかんだように見えただろう。
姿勢を正し、丁寧にお辞儀をしてみた。

「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

口をついて出た言葉を言い切ると、無邪気に笑ってみせた。
それだけでもう、騙せる。
不審がるどころか、「よくできたお坊ちゃんですね。」などと云っている。
人とはなんと簡単なものだろう。

自分が想っているように動く。

云わせたい言葉を吐き出すように仕向けるなんて、これ以上簡単な事があるだろうか。
今、自分の手には結構なモノが掴めている気がする。
小学校2年生の子供が相手の懐に入って懐柔するなんて想ってもいないのだから、警戒もされない。

「お気楽なモンだな」

口の中で呟いて、この新しい「入れ物」の使い道を思案し始めた。
千年先には 素晴らしい 理想の世界で この血を受け継ぐ 子供たちが 権力を握るだろう 予想通りの常識人が当たり前のように裏切っても、それは人の業だ。

裏切られた者はそれで終わりだが、裏切った者の方が惨めで哀れだ。

そいつに「良心の呵責」などというものがあるのなら、なおさらだ。馬鹿馬鹿しい。
手の内にあったものは、掴んだような気がしただけで、それだけでは不確かなものだと、気が付いた時には



 もう眼は潰れていたんだ。





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