― ミタさんの災難 ―



あの事件以来、ミタ・ユキは行方をくらまし続けていた。
恋人であったスギタの前からも彼女の勤務するTMC社からも。

彼女の野望はとどまることを知らなかった。


「人間の脳の完全なるAI移植化」という通称「フェニックス計画」。
この計画の完成を急ぐあまり、いささか無謀な手段を講じたのはナス主任とミタだ。
それを阻止しフェニックスを破壊した彼ら、スギタ率いるノガミ、タノ、タカシナ4人の技術者チームは当然、会社を追われる羽目になるかと思われた。
だが逆に追われるどころか事件が明るみに出るや否や会社は態度を豹変させ、彼らを英雄視したのだ。
体裁を重んじる大会社は世論に弱い。
計画自体は技術の進展に大きな役割を果たすものであったからそれの開発を咎められたわけではなく、むしろ技術者として守るべき禁忌を会社の抱える一技術者が破ったことによる糾弾だった。
その禁忌とはコンピューターウィルス。
つまりスギタらは技術者としての美徳を守り通したものとして世論に賛美された。
そしてフェニックス計画を強引に推し進めんが為にばら撒かれたウイルスがTMC内部に留まらず他の大手IT企業を倒産に導いたほどまで影響を及ぼしたからにはTMCのイメージはがた落ちとなった。
とても世間に顔向けできる事態ではなかった。
意外にもこの事件に関連した彼ら全員の思惑とは裏腹な結果になった。
これでスギタらを追い出してしまってはただでさえ世間から非難を浴びている渦中の国内最大手のIT企業TMCの更なるイメージダウンになる。
というより致命傷になるのは間違いない。
それだけは会社の最後の面子としても避けたかった。
同じ社員の中から犯罪者を出した世間体の悪さをなんとかしてごまかす為に過剰なまでに彼らチームの四人を褒め称え、昇給を与えたり、待遇をこれでもかとよくしたり、あまつさえマスコミにも積極的に彼らを売り込んだりした。
もちろんスギタたちはそんなことで舞い上がるような愚か者ではなかったし、
それが会社の苦し紛れなのは誰の目にも明らかだったが。

ではこの事件の責任を誰が負わされることになったかというと、当然、首謀者のナス主任とその腹心ミタ女史であった。
しかしながらそこは縦社会の腹黒さ、大幹部の放蕩息子でありもともと縁故で採用されたといっても過言ではないナス・ケンイチロウ主任は遠くの支店へ追い遣られるだけに留まり、気の毒ながらミタ・ユキがその責任全てを背負わされることとなった。

しかし、彼女はこれで泣き寝入りするほど弱くはなかったのだ。
会社から正式にクビを言い渡される前に、自分の持てる技術と、コピーをとってあった「フェニックス計画」の全貌をもって蒸発したのだった。

この「フェニックス」と呼ばれたプログラムはTMCの技術者スギタが筆頭に開発した世界最高峰の人工知能プログラムである。
「フェニックス」に個人の人格および思考パターンを解析させ、一次元化して人工ニューラルネットに移植すれば、人はその人格を思考を永久的にこの世に残せることとなる。
つまり、デジタル不老不死の体現である。
人類が文明を持って以来、永きにわたり夢見た不老不死が現実のものとなるのだ。

だからこそミタの行動にはTMCも大いに慌てた、彼女の行方を全力を尽くして追った、この大計画を他社の手に渡されてはたまらない、そうなる前にミタを捉えなければと必死だった。


ミタ・ユキはあるアメリカの大手IT企業とコンタクトを取っていた、
その大企業は日本人でも、いや世界中の誰もが一度は耳にしているはずの有名どころであった。
だがそんな大企業とはいえクリーンな商売ばかりしてはいない、裏取引や産業スパイなど当たり前に行なっている、それも世界中にネットワークをもっているのだ、それは世間的には暗黙の了解である。
彼女は今夜11:00に、自分の保身を条件にこの会社と裏の取引をするつもりでいた。
さすがにもう日本では隠れられるところは無かった。
ある寂びれた行楽地のホテルの一室で、一通りの作業を終え、今夜向こうの諜報員と落ち合うのを待つばかりである。
彼女はノートパソコンの前で大きくため息をついた、これでようやくこの狭い日本から逃れ世界的に活躍できる日が来るのだ、
自分にはそれだけの実力がある。
彼女の不運は皮肉にもその美貌にあった。
元々エンジニアとしての実力なら人一倍と自負していたミタだったが、美しすぎる容姿からか、不本意にも『受付嬢』なる必要なのは顔だけというような役職に付けられた、そもそも彼女はソフト技術開発に携わりたくてその条件で入社したはずであったと言うのに。
思い切って何度辞職を申し出ようとしたことか。
しかし彼女の天性の才は受付嬢などをしていてもその話術の中から光っていた、当然、会社の幹部からも「受付などでは勿体無い、ぜひ秘書に」等の要求が四方山話のついでにちょくちょく聞かれていた程だ。
更に会社で一番の美人となれば当然彼女の心を狙う男は多かった。
かのスギタもまたその一人であった。
スギタ・ジュンは決して醜い男ではなかった、フレームの無いメガネの向こうから覗くやや奥二重気味の切れ長の瞳は知性を感じさせたし、彼の重い印象の黒髪はその表情に魅力的な影を落としていた。
この会社でも最も優秀なエンジニアの一人であり、まだ若くもあるからにはそれなりに女性社員の人気も高かったようだ。
そしてスギタは数多のライバルを押しのけ、運良くこの「アイスクイーン」の異名を持つ美女ミタ・ユキを紆余曲折がありながらも晴れて手に入れることが出来たのだ。

だが最終的にはミタのその華麗な容姿に似合わぬ大きな野望のまえに彼の愛情も敗れたのだったが。

しかし今このような状態に陥ったミタとて彼のことをすっかり思い出さなかったわけではない。
スギタのことを愛していたのか、彼の立場を利用するために近付いたのか、その答えは自分自身にも出せずにいた、付き合っていた間、恋しく思った夜も無かったわけではない。

彼女は新鮮な空気が恋しくなった。
隠れ蓑にしているホテルの一室を出て外を散歩でもしようかと思い立った。
追われる身としては少し無謀なことのようにも思えたが今夜で全てが終わるという安堵感と今まで根城を転々として隠れおおしてきた実績もあって特に大きな不安は覚えなかったのだ。
細身の身体に白いワンピースをまとった姿の彼女は季節はずれで人もまばらのこの行楽地の散歩道を行く僅かな観光客(もっぱら男)を必ずと言っていいほど振り向かせた。
今の季節、どことなくうら寂しさの漂うこの地で、彼女の姿は目を奪われずにはいられないほどの魅力と清らかさを漂わせていた、決して周りの景色とは調和しないのに不思議と違和感の無いその姿。
心地よい風に長く美しい髪をなびかせ枯葉を踏みしめながらながらしばらく歩くと、ふと、道路わきに止まっている一台の車に目が止まった。
当然の如く彼女は警戒して立ち止まった、あたりには紅葉の美しい森ばかりで人の姿は無い、建物からも離れている、緊張で肩に自然と力がこもる。
おもむろに車のドアが開いた。
出てきたのは60代半ばとおぼしき黄色い派手なワンピースを着た恰幅のよい女だった。
他に車に誰か乗っている様子も無いしこちらを気にする様子も無い。
ミタは安堵して肩の力を抜いた。
老女は車の後部座席のドアを開け半身を乗り入れて何かを探しているようだ。
大方、荷物か何かだろう。
再び歩を進め、その横を通り過ぎようとしたとき、老女がふと振り返り、彼女と視線が合う。
「こんにちは」
老女は人の良さそうな笑顔で挨拶をしてきた。
ミタも「こんにちは」と微笑み返す。
この挨拶に気をよくしたのか、老女は更に気安く話し掛けてきた。
「まぁ、綺麗なお嬢さんね、一人で来てるの?まさかね?ご主人と?あたしは一人よ、寂しいもんね、主人が生きていればこういう静かできれいな所に一度一緒に来て見たかったけど、アナタも沢山ご主人と思い出作った方がいいわよ、なんせ男は早死にだからね、女よりはどうしてもねぇ…」
高齢女性特有の相手を巻き込むペースの喋りは馴れ馴れしく、ややあっけに取られていたミタに構うことなく一方的に話した。
「ああ、そうそう、あたし小山内ロイヤルホテルに行きたいんだけど道が分からなくてねぇ…お嬢さんご存じないかしら?」
突然、思い出したかのように老女は話題をかえた。
「小山内ロイヤルホテル」の名に引っかかるものがあった、そういえば、とミタは思い出した。
「ああ、それならたぶん…私の泊まっている所の近くでその名前見たように思います、ここから真っ直ぐ200メートルくらい行った所に案内の立て札があったはずです、そう遠くは無いとおもいますわ」
ミタは今自分がやってきた方向を指差して親切に教えた。
「そう」と老女がホッとしたような表情で応える、「御親切にありがとうね」と頭を何度も下げ再び車に半身を乗り入れでっぷりした尻を揺らしながらまた何かを探し始めた。
探すのを手伝おうか?一瞬思いはしたがそれくらいはまだまだ矍鑠とした老女にはさしたる苦労ではないだろうと判断し、再び歩き出そうとして背を向けた刹那。
背後から老女がしゃがれた声をかけた、
「さがしたよミタ・ユキ」
名前を呼ばれはっとなったその途端、背中にスタンガンを押し当てられ一瞬にして身体を流れた強い電流に体が硬直しそしてついで意識を奪われた。
その場に倒れたミタを彼女は老人らしからぬ力で素早く抱き上げ車のトランクに押し込んだ。
人もまばらな寂びれた行楽地で、それを目撃したものは誰もいなかった。


ミタの意識はゆっくりとゆっくりと浮上した。
完全に戻ると彼女が今自分の置かれた状況を把握して狼狽するのにたいした時間はかからなかった。
彼女は全裸で分娩台にも似た奇妙な台の上に大の字に寝かされ、手首足首を革のベルトで拘束されていた、
長く美しいストレートの黒髪が床すれすれにまで垂れ下がっている。
固定された体はか弱い女性の身では少しも自由にならない。
唯一自由になる頭を持ち上げこの部屋を見渡した。
彼女を固定した台はコンクリートの冷たい壁と床の無愛想な部屋の中央に置かれていた、部屋の大きさは25メートル四方といったところか、足の方向に無愛想な鉄製のドアが見えた、天井には裸電球と大差の無い粗末な傘の付いた照明が点いていた。
(…誰がこんなことを…どこかの会社がフェニックス計画の情報を狙って…?それともTMCの密偵?…どこかの国が狙っている可能性もある…なんにしても油断したわ…)
今更悔やんでもどうしようもない、ミタは首を元の位置に戻し深いため息をついた。
(これから私はどうなるのだろう…闇から闇へと葬り去られるのだろうか?会社の重要機密をもって逃げたのだ…それくらい当然だろう…)
自分の行く末を想像したミタがきつく眉を寄せる。
(…もうすこしだったのに…)
悔しさがこみ上げてきた、不覚にも涙が溢れそうになる、だがそれも自分の失態だと自身に言い聞かせ、感情を飲み込んで眼を閉じた。

カチャ。

ドアのひらく音がした、はっとしてミタが頭を起こす。
その入り口に立っていた人物はどこかの産業スパイでもTMCの密偵でもなかった。
だが密偵ではないにせよTMCの関係者であるのは間違いなかった。
TMCの受付で勤務していたときに何度となく他愛もない会話を交わした、スギタに並ぶ優秀なエンジニアにして今回のフェニックス計画にも関わった重要人物、
ノガミ・ショウヘイであった。
これは意外だ…、ミタは目を丸くした、彼がTMCの追っ手として選ばれたのだろうか?
少なからず、ミタの印象では彼は会社の一員でありながらもどこかしら異端的であり決して会社という機械の一歯車に甘んじるような人間ではないと思っていたからだ。

ノガミはミタにさえもひけを取らない程美しく整った顔に笑顔を湛え彼女の側に近づいて来た。
「ごめんなさいねぇ、お嬢さん」
形の美しい瞳を細め乍ら薄茶色のサラサラした前髪を掻き上げ、かの老女の声で優雅に挨拶をした。

ノガミはスギタの親友だった男だ。
だが彼らのその外見や性格は真反対とも言うべきもので、スギタを黒と例えるならさしずめ彼は白であろう。
そしてノガミはずば抜けた美貌の持ち主の男であった、スギタが男性として容姿端麗なれば、ノガミはまさに女性と見まごうばかりであった。
肌は白磁のような白さと滑らかさで、長い睫毛に隙間無く縁取られたその形良い瞳も、絹糸のような髪も、やはりかなり色素が薄く、おおよそ日本人離れした姿である。
それもそのはずで、彼には何世代か前に北欧人の血が混じっているらしいという噂だ。
彼の姿は先祖がえりとでもいうべきものなのか。

「…あなたが来たの、ノガミさん…意外だったわ」
あえて驚きを押し隠し、落ち着きはらった声でノガミに語りかけた。
しかし女性である羞恥が無意識に大の字に開かされた足を僅かにでも閉じようと内腿をあらん限りの力で引き寄せてささやかな抵抗を試みていた。
ノガミはそれを見逃さなかった。
その様にクスっと一つ笑みをこぼすと、彼女の裸体を真上から舐めるようにくまなく観察した。
ミタの美しい顔、雪原ように白くきめの細かい肌、細身に似合わぬかなり豊かな乳房とくびれた細い腰、開かれた足の間に覗く淫靡な女性器、すらりとした長い足にと、蛇の様なねっとりとした視線を移していく。
アイスクイーンの異名を持つ彼女でもやはり女だ、いかにノガミが下手な女よりも数倍美しくとも男性は男性である。
異性にこんな風にして裸をじっくり観察されるのはやはり耐え難い羞恥だ、
彼女は顔を背けこの恥辱に耐えた。
「…目的は何?…なんて愚かな事は聞かないわ、ノガミさん、でもずいぶんと回りくどいことをするのね、会社に私を引き渡すように言われているんでしょ?」
それでも彼女は気丈にも顔を背けたままで質問を投げかける、
「違うね」
と、今度はノガミ自身の声で言った、そのテノールの凛とした涼やかな声。
その答の意外さに思わず彼を振り見たミタに、ノガミは相変わらず意図のわからぬ笑顔を投げかけていた。
「違う?じゃあ…なにかしら?別の…どこかの企業にでも頼まれて情報を横流しにする気?私に罪をおしつけてね」
「ああそうだ、何か君、アメリカの某企業とコンタクトとってたみたいだね、きっとさぞかし多額の報酬を約束してもらったんだろ?カッコイイねぇミタさん、世界を股にかけた美人スパイだね、まるでマタ・ハリだ」
ノガミの明らかなふざけ半分の口調に、さすがのミタもいささか腹が立たった。
「ごまかさないで!」
彼のペースに乗せられているとは判っていてもおのずと強い口調に出てしまう。
ミタの態度にノガミは「おおこわい」と言っておどけて肩を竦めて見せた。
態度を改める気は無さそうだ。
「見つけたのはオレが最初だよ、凄いだろ、ドコの国よりも国内の情報網よりも早くオレが見つけたんだよアンタを。ま、ちょっとスタンガンを車の後部座席に落としちゃって焦るハプニングもあったけどね」
そのノガミの得意げな言葉にミタは意外にも感嘆のため息を漏らした。
「あなたが最初…さすがね…私が認めたひとなだけはあるわ」
これは嫌味などではなく純粋な彼女のノガミに対する評価だった。
彼女は以前からノガミのエンジニアとしての腕だけでなく、ささやかな日常の行動の中に時として垣間見えるずば抜けた知己と異才を見抜いていた。そしてそれを純粋に尊敬していたのだ。

「では、あなたの目的は何?」
「個人的なものさ、今ならアンタを殺しても別の誰かのせいに出来る」

意外である、この男は彼女を殺すことが目的なのか。
それは一体何のためであろう?
実際ミタとノガミはそれほど深い関係ではない、あくまで会社の一エンジニアとしがない受付嬢、仕事とは関係の無い他愛も無い会話を交わしたことも幾度と無くあったがそれだけの仲でしかないはずだ、個人的、と彼は言ったがその理由に相当することが彼女には思いつかなかった。
「…私を殺すの?一体何のため?」
ノガミの言葉にいぶかしみながらミタが尋ねる、

「アンタがスギタの恋人だったからさ」
ノガミが言った。

それこそ最も不可解な言葉だった。
一時期とはいえ恋人であったスギタとの関係でなぜこの彼に個人的な恨みを持たれるのか。
スギタとノガミは友人であったがそれが自分と何の関連があるのだろう?
先ほどまで表面上はにこやかだったノガミの顔が突然憎悪を剥き出しにした形相に変わった、
そして彼女の豊かな右乳房を片手で鷲掴みにし、思い切りその手に握力を込めた。
「…ウッ…」
ミタがその痛みにきつく眉を寄せる。
乳房は性器と並んで敏感な場所だ、
いくらノガミが細身とはいえ、さしもの男の力で力いっぱい握られたらそれこそたまらない。
「憎たらしいね、何もかも。スギタをたぶらかしたこのいやらしい胸もアソコもこの嫌な顔も、…オレの手で消せる日をどれだけ待ったか…」
なおも力をこめて握りつぶす、爪が食い込んで血がにじむ、かなりの力を加えられて形のよかった乳房が指の間から搾り出され無様に変形し真っ赤にうっ血している。
「…アッ…く…」
それでもミタは賢明に苦痛に耐え、僅かなうめき声しか立てずにいた。
ノガミが彼女の乳房から手を離した、気が済んだわけではない、単純に手が疲れたからだ。
彼の指の後をハッキリと残した、その真っ赤になった乳房はまだ鈍い痛みを訴えていた。
だがノガミの恨み言にミタは全てを理解した。
「あなた…」
覗き込んだノガミの瞳は相変わらず氷のような冷たさを保っていた。
いや、まるで氷炎のような心胆からしめる憎しみの目だった。
「スギタさんが…好きなのね」
ミタはようやく自分の受けなければならない憎しみの意味を悟った。
「ああ、そうだよ!ずっとずっと好きだったよ!ミタさん、アンタが裏切ったあの男をね!」
この男は私利私欲の為でもなく、単にあの事件に対する自分への報復のつもりでもなく、全く個人的な恨みでミタに復讐しようと言うのだ。
ではいつか会社で友好的に話をしていたあのときもそうであったというのか。
ミタはその美貌から、多くの男に一方的な思いを寄せられることが多かった、本人が好まざるとも言い寄るものは絶えなかった、そうするうちに自分に好意を寄せているであろう男は自然と判るようになっていたつもりだった。
このノガミも、たしかにそれらの男たちと同じ目をして彼女に接してきた、だからよもや彼に恨まれているなどと到底思い及びもしなかった、彼もまた愚かな男たちと同じようにその気になれば利用できると思っていたのだ。
ところがどうだ、彼の方が役者が一枚上だったらしい。
ミタに対して好意的に接する振りをしながら、その実、同じ男性でありながら親友であるスギタへの恋心とその恋人であった彼女への憎しみをじりじりと募らせてきたのだ。
彼女は人の裏を見抜くことにかけては自信があったつもりでいた。
故になんとも表現しがたい冷たいものがミタの背中を走った。
このノガミという女のように美しい男の心の内は彼女が想像した以上に不可解なものであった。
それは長い付き合いになる友人のスギタでさえも時として理解に苦しむほどであったのだから。

ノガミはミタの足元に回った、そして開かれた彼女の足の間に割り込んだ。
腰をかがめ、間近に彼女の性器を眺めた、赤い唇の端を吊り上げ「ふーん」と呟きながら。
その視線には明らかに侮蔑のまなざしが含まれている。
いくら気丈でも彼女も女性だ、ノガミの与える恥辱にさすがに顔を朱に染め、瞳をきつく閉じた。
ノガミが繊細な指を伸ばしミタのそこに指を触れる、ミタの体がぴくんと反応する。
「…んっ」
敏感な場所を指で弄られ思わずミタの口から甘い吐息がもれる。
「へーえ、感じてんの?さすがは淫売」
その口調にも限りない侮蔑が混じっていた、しかしその声とは裏腹に、執拗かつツボを心得た繊細な愛撫がミタのそこに本人の意思に反して潤いを帯びさせる、彼女が眉を寄せ、頬を上気させているのはなにも羞恥のためだけではないようだ。
「…これがスギタをたぶらかした穴ねぇ」
そう呟くと今度はとおもむろに指を離して立ち上がり、彼女の女性器を力いっぱいスニーカーの裏で踏みつけた。
「あッ!!痛ッ!!」
ミタの目が苦痛に見開かれる。
ノガミが何度も何度も容赦の無い力でミタの女性器を蹴りとばし、踏みにじる。
「あっ!!きゃあ!!ひいっ…!」
そのたびに堪え様の無い短い悲鳴が上がった。
ミシミシと恥骨や骨盤が軋みを上げる。
しばらく嬲りつづけていたが気が済んだのか、ノガミがやっと足を止めた。
そのときには淫靡で美しかった彼女のそこは見るも無残な様相を呈していた、血がにじんで腫れ上がり、柔弱なひだは裂け、彼女が寝かされた台の下の床に小さな血溜まりをいくつも作っている。
彼女ははぁはぁと肩で呼吸をしながら、瞳の端に涙を浮かべ持続する痛みを必死で堪えていた。
しかしそれでもなおミタは無言だった、普通の女性なら泣き叫んでいるところだろうがさすがは外見に似合わぬ気丈な女性だ。
「泣いて許しを乞うとか、しないの?」
ノガミが己の目の端にかかる絹糸のような髪を指で耳に掛けながら小首をかしげて尋ねる。
プライド故か、ミタはギュッと唇をかみしめてそれに応えなかった。
そんな彼女を見下ろし鼻先で笑うと、いつの間にか用意されていた銀のサイドテーブルを手元に引き寄せた、そこには手術で使われるようなメスや見たことも無い器具が並んでいた、
ちょうど手術を執り行うかのようである。
首を上げてそれを見た彼女にさすがに恐怖心が芽生えた、ゴクリと音を立てて口の中の唾を嚥下する。
「…私を…殺したら、スギタ君が悲しむわよ…」
ミタが精一杯の虚勢を張ってノガミを挑発する。
「あは、何て強気なセリフ、ずいぶんと愛されてる自信がおありのようで」
しかしノガミは全く動じなかった、そんな彼女を逆に鼻で笑いとばした。
ノガミが普通の男性よろしく抵抗出来ない裸体の美女を目の前にして強引にその身体を思う様陵辱することが一番の目的であるくらい「マトモ」だったなら、ミタも必要以上の苦痛を与えられることもなかったはずであった。
ノガミはサイドテーブルの上から四又に分かれたかぎ爪状の刃物のついた熊手様のものを手に取った。
「これは“猫の爪”って言う道具、使いやすいように持ち手部分はちょっと改良したけどね」
と彼女の鼻先にその刃先をちらつかせながらいう。
鈍い刃物の輝きを突きつけられたミタもさすがに恐怖に顔を引き攣らせる。
「な、何をするつもりなの…」
「使ってみれば判るよ、下手な説明しなくても」
ノガミが爪を握って、その鉤爪のみねをミタの右の乳房の突起に触れさせる、冷たい刃物が敏感な部分に触れたのを感じ、ミタが「ひっ」と小さく呼吸と判別がつきかねるくらいの悲鳴をあげる。
ツツツ…と柔らかくすべらかな丘陵の上を銀の刃物の背がゆっくりと乳房の下へ滑ってゆく、刃を向けてはいないので柔肌を傷つける事は無いが冷たい恐怖に感触にミタの肌が粟立つ。
豊かな胸を下り、やがて胸の付け根の下で留まった。
ノガミが刃の切っ先を狙い定めた、彼女の形のいい乳房の下にピタリとあてがい、そしてその鋭い刃先を肉を抉るように力を込めて突き刺した。
「…ッああッ!!」
ミタの口から悲鳴が溢れる。
刃は音も無く彼女の乳房の中を抉り入っていく、一見表面からは見えないがその刃先はどんどん彼女の豊かな乳房の中に進入し、溢れた血が白い肌の上にいくつもの赤い川を作り、床にも流れ落ちた。
やがてブツっと皮膚を突き破る音がして乳房の上方からその先端が突き出てきた。
彼女の乳房を下から上に串刺しにしたのだ。
次にノガミは貫通した爪を肉を引き裂くようにして強引に引上げた。
グジュ、というような湿ったおぞましい音を立てて、彼女の右の乳房が5枚にスライスされた。
「きゃあああぁあぁ!!」
無残に引き千切られたかつて乳房であったなます様の脂肪の塊の間から噴水のように血が溢れ出た。
女性の弱点である乳房を切り刻まれた激痛に髪を振り乱してミタが叫ぶ。
その様子を満足げに見下ろしながらノガミは「…じゃこっちもいきますか」と呟き、その狙いをもう片方の無傷の乳房に向け再びその切っ先をあてがった。
今度は乳房の丘陵そのものを毟り取るように横から無造作に刃を刺し入れた、再びミタが再び絶叫しビクンビクンと身体を波打たせる。
これは乳房を切り刻んだのではなく切り取ったという表現が正しい、その断面はまるで切り株のようになってしまった。
溢れた鮮血とともにもぎ取られた乳房であった脂肪の塊が床にべチャリと落ちる。
赤黒くそして脂肪の黄色が混じった無残な断面が照明に照らされきらきらと光っていた。
「うーん、これじゃバランス悪いか」
と一人ごちながらノガミが首を傾げる。
そして再び先ほど5枚に卸され醜いなますになった右乳房を同じように横から刃を入れ、脂で切れ味の落ちた刃をノコギリノように前後に動かし、そちらも同じように切り取ってしまった。
「いやああぁああっ、痛い痛い!」
一度傷つけられた場所を再び抉られるのは神経が過敏になっているせいもありその苦痛は例え様もない。
両の乳房が切り取られ、そこにはグロテスクな断面を晒す傷跡だけがあった。
ノガミが熊手に絡み付いていた僅かな脂肪の塊を無造作に振り落とす。
「いやぁ…あッ!あッ…!うあぁ…!痛い…ひ…どい…!」
さすがの彼女も女性にとって大切な両乳房をもぎ取られてしまったショックは大きい。
しかし最初こそ痛みに激しくもだえていた彼女だったが、体力の消耗と出血が多くなるにつれその動きが次第に勢いを失い始めていた。
それを見て取ったノガミは、やや焦点を失いかけているミタの顎を優しく掴んで自分の方を向かせた、
涙で霞んだ彼女の目に、この残酷な行為とはかけ離れたノガミの慈母のような美しい微笑みが映った。
「ミタさん、可哀相だから止血してあげるよ」
ついで、彼女の目に止まったのは彼がいつの間にか手に掲げ持っていたアイロンであった。
到底信じたくは無かったがその意味を理解したミタの瞳がこれ以上は無いほどに見開かれる。
「そんな…!嘘でしょうイヤッ!!ノガミさんやめてぇ!!」
ミタが息をふき返したかのように許される範囲でのたうち回る、顎に置かれたノガミの手を振り払い髪を振り乱した。
しかしノガミはそんな彼女をあざ笑うかのように躊躇なく高温に熱されたアイロンを、醜い断面となったミタの胸の片方に押し当てた。
じゅっ、という音と共に白い湯気が湧き上がる。
「うぎッ・・・ぎゃああああぁああああ!!!」
狭い室内の空気を獣じみた絶叫が震わせる。
溢れて溜まっていた血液がアイロンの縁でぐつぐつと沸騰する。
身体を仰け反らして暴れ狂うミタをノガミはアイロンに全体重をかけて台に押しつけた、か弱い女性とは言え渾身の力で暴れるのを押し留めるのは簡単なことではないのだ。
辺りに脂肪の焼ける、香ばしい匂いが立ち込めた。
「いい匂い、腹減ったな…」
この傷を焼くという、止血法としては残酷この上ない光景さえ見なければ確かにそれは食欲をそそる匂いであった、人間も焼けば立派にいい匂いがするものだなとノガミは場違いにも感心さえしていた。
口の端からだらしなくよだれを垂らしながら絶叫を放ち、挙げられたばかりの魚のように身体を激しくのたうたせていたミタが一層大きくブルブルと痙攣したかと思うとその動きが突然途絶えた。
完全ではないものの意識はほとんど失っているようだ、まだ僅かに首が動き、かすかなうめき声を立てている。
そんな彼女に一片の同情を見せることなく、傷口が十分焼けたことを確認すると、ノガミは張り付いたアイロンを容赦なく引き剥がした、その際、焼け付いていた肉がいくらか持っていかれ再び僅かに出血を見せた。
一瞬ミタの体がまた僅かに痙攣するように動いたがそれ以上の反応は無かった。
だがまだ止血していないもう片方の傷にも同じ処置をしなければならない、一旦アイロンの温度が十分に上がるのを待って、また同じようにもう片方の乳房のあった残骸に押し当てた。
「…ッッ!!!うああッ!!ひぎゃああああ!!」
意識を失うことで僅かな間、痛みから解放されていた彼女を非情にもまた激痛が襲う。
無理矢理覚醒させられた彼女は目を見開いて再び拘束された身体を限界までのた打たせ、涙と鼻水を振り散らしながら絶叫する。
それこそ普段の彼女からは想像もつかないような無残な有様である。
今のミタにかつて社内中の男を魅了した「アイスクイーン」の面影は無い。
ノガミは今度はアイロンを引き離さず、代わりに電源を切って自然に冷めるのに任せることにした。
傷口に焼きついたアイロンは彼女が暴れてもちょっとやそっとでは肌から落ちることは無かった。
しばらくするとアイロンの熱も冷めミタも動きを止めていた、大きすぎる苦痛にとうに気を失っていたのだ。
「これで出血で死ぬことはないよ、安心しな」
焦げ付いた皮膚つきのアイロンを無造作に引き剥がしながらノガミが言った。
だがこのままこの女にのん気に気絶させてやってはこちらとしては面白くない、ノガミはカートの上にあった注射器を取り上げた、注射器の中身は既になにやら黄色い薬品で満たされている。
そしてこのノガミはといえば一体どこでそんな技術を習得したのか、拘束されたままのミタの腕手慣れた様子でに血管を探しあてて針を刺しその中身を注射した。
そしてしばらくすると彼女は先ほどの注射の効果なのかわずかばかりの英気を取り戻したようだ、それでもまだ青ざめた顔をゆっくりとこっちに向け、何度か唇を小さくパクパクと動かした。
ノガミが耳を近づけると叫びすぎた所為か掠れた声で「…お願い…もう許して…」と言っていると判った。
それを聞いたノガミはさも面白くてたまらないというような満面の笑みを浮かべながら彼女に宣言する。
「絶対ヤダね!今オレの辞書に許すって言葉はないんだよーん」
黒焦げの断面を満足げに眺めながら、彼は非常に満足感を覚えた。
「さて、これでスギタをたぶらかしたヤラシイ胸は無くなったな、いい気味だ」
だがまだこんなものではノガミの積年の恨みは尽きないようだ。
ノガミは足元にあった炭火の入った火鉢を足でミタの近くまで摺り寄せてきた。
中に入っているのは真っ赤に熱せられた数本のペンチだ。
持ち手は断熱材でおおわれているので掴むのは容易だ、それをミタの脇腹に向けると容赦なく挟んだ、灼熱のペンチで肉をはさまれたミタは「ひいい」と悲鳴を上げた。さらには挟んだだけでなく捩じって千切りとってしまった。
「きゃああっ」
ミタが叫ぶがお構いなしに今度はへその横の肉をペンチで挟んだ。「ぎゃあああっ」また悲鳴が上がる。
ペンチ自体が熱せられているので肉を千切りとっても焼けて出血はさほど多くない、脇の下、腹の肉、ズタズタになった乳房の残った隆起、それらを次々とペンチで千切っていく。その度にミタの悲痛な叫びが上がるがノガミは一向にその手を止めない。
ペンチが冷えてくればまた火鉢から焼けたペンチを取り出して根気よく彼女から肉を焼きながら千切りとっていく。
「やめてえええ!痛い痛いー!」
ミタが涙を振り散らして懇願するが聞き入れられたのはほとんど肌色が残らなくなるまで肉を千切られてノガミが飽きたころだ。
「さあ、まだまだガンガンいくぞ、次はアソコ…っと」
ノガミが一層残酷に目を輝かせてミタの開かれた足の間に再び割り込んだ。
「ノガミさんお願い…もうヤメテ…助けて」
まだまだ彼がこの責め苦を終わらせるつもりがないと宣告するとミタが悲壮な声で懇願する。
だが勿論それに応じる気などノガミには更々無い、先ほどさんざん蹴られ真っ赤に腫れ上がったミタの女性器を口の端をゆがめて小気味良さそうに見下ろしていた。
「ここでスギタを喜ばせてたってわけか、ム・カ・ツ・ク・ね」
ノガミが屈んで一瞬ミタの視界から消える、すぐに立ち上がると一体どこから出したのか、50〜60センチほどの長さで、太さが5センチほどの金属製の鉄柱が彼の手に握られていた。
しかもその鉄棒を掴んでいるノガミの手にはキッチンなどで使う可愛らしいブタ柄の「鍋掴み」がはめられ、鉄棒そのものにもタオルが巻かれていた。
ノガミがつかんでいる棒の先端は僅かに赤みを帯びているように見えた。
まさか…そんな。ミタは自分の脳裏によぎったもっとも最悪な予感に脳が収縮するような恐怖を覚えた。
ノガミがその棒の先端の狙いを彼女の性器にあわせた、
ほんの少し、その先端がミタのそこに触れるとジュっと言う音がして鋭い痛みが走り、反射的にビクンとミタの体が波打つ。
これは熱せられた鉄の棒だ、ノガミは残酷にも、それを彼女の性器に挿入するつもりなのだ。
「いやっ!いやあ!やめてノガミさんやめてぇ!お…お願い!!スギタ君のことは謝るわ!!だから…だから」
泣き叫びながら必死に許しを乞う彼女を冷ややかな目で見返しながらノガミは酷薄な笑みを見せた。
「謝る?なにいってんの?お前馬鹿?大体お前が横恋慕してオレからスギタを奪ったわけじゃなし…これは単純にオレが気に入らないからやってるだけのことだからさ、謝る必要なんかどこにもないのよ?」
つまりそれは彼女が何をしようと何を言おうとやめる気は無いということだ。
「言ったろ?オレに「許す」って言葉はないんだって」
そして、容赦なく彼女の性器に焼けた鉄の棒を挿入していく、
「…ギッ…ぐうぎゃああああああああぁあぁっぁああー!!」
肉を焼く音と共に、ミタが目を見開き身体を大きく弓なりに仰け反らせて絶叫する。
「こんな忌々しい物、使いもんにならなくしてやるよ…もっとも、アンタは今日で死ぬんだけどね」
シューシューと言う音と湯気を上げながらズブズブと棒の先端がミタの中に消えていく。
「ああああぁあ!やめてぇええええ!ぎゃあああああぁぁああ!ぎひいいいー!」
半狂乱になって力の限り叫ぶ。
「一度でもスギタと関係のあった女だ、簡単に殺してもらえると思ったら大間違いだ、この淫乱女」
ノガミが「作業」を進めながら言う、だがそれはミタの耳に届いたかどうかは怪しい、なんせ彼女の上げ続ける絶叫で肉の焼ける音はおろか己の声でさえ満足にノガミにも聞こえないほどだったからだ。
やがて子宮口を強引に押し開き、最奥に達したらしい、棒が進まなくなった、それでもノガミはこれでもかというように何度もグッグッと勢いをつけて棒を突き込んだ、その度にミタの悲鳴が一段高くなる。
苛立ち紛れに更に乱暴に棒をかき回したりその終端を足で蹴り付けたりしたがどうにも棒はそれ以上進まなかった。
子宮と言うのは子供を宿すことで自由に伸縮するかと思えば、逆にそれゆえに思いのほか丈夫だったりするのだ。
先端の40センチ強くらいが彼女の中に飲み込まれていた、差し込まれたままの高熱の鉄が彼女の弱い粘膜を絶望的なほどに焼いてゆく。
「ギィイ!ヒギャ…!ウギイィ!ギャヤアアアアア!」
身体の中でも敏感なそこに赤く焼けた鉄の棒を入れられる苦痛はまさに地獄の苦しみだった。
革製の丈夫な拘束具を引き千切らんばかりに暴れ狂い、半分白目を向いて口から泡を吹いて獣じみた、と言っては獣の方が気を悪くしそうなほどの叫び声を上げ続ける。
肉穴と鉄棒の間から時々行き場を無くしてさ迷っていた蒸気が噴出している。
不思議なことになかなかこの鉄棒の熱は引かない。
だがノガミの責め苦はそれだけに留まらなかった、銀のサイドテーブルから大きい金槌を手に取り、それを彼女の身体に収まりきらずに飛び出している残りの鉄棒にあてがって狙いを定めると、その終端目掛けめいっぱい力をこめて打ち下ろした。
ミタが目を見開いて大きく仰け反る。
今度は力の過多が大きかったのか、もろくも肉の壁の抵抗が破られ、鉄の棒は更に奥へと飲み込まれていく。
子宮を突き破ったそれは沸き立つ鮮血を膣口から溢れさせながら内臓へと進入する。
ノガミが力の限り何度も槌を打ち込む、鉄の棒はジワジワと確実に彼女の身体に飲み込まれていった。
「…ガ…ぎ…ギャうッ!!ギぃ、あが、っ!ギャひア!」
焼かれるのとはまた異なる、新たな激痛を加えられた彼女が目を見開き、髪を振り乱し身体をのたうたせながらほとんどなってない濁音だらけの叫びを上げて血混じりの泡を飛ばした。
叫びすぎて喉のどこかが出血したのだろう。
「ひぎいぃいやああ!あっ!ああぁあ!死んじゃう!死んじゃう!」
「なら死ねよ、構わねーから」
耳を塞ぎたくなるような血を吐くような懇願にもノガミの動きはひるむことは無い、やがて、棒の姿は終端2〜3センチを残し、彼女の中に消えた。
恐らく長さから考えて、完全に内蔵に達しているとは言え主要な器官にダメージを与えているほどでは無いだろう、焼かれているため出血も予想以上に少ない、すなわちこれが元ですぐに死ぬことは無いということだ、だが、彼女にとってそれが幸運であると言える者もいないだろうが。
痛みに悶えていたミタが一旦大きく痙攣して、その首がガクっと折れた。
目を半分開いたまま完全に気絶していた。
そのとき、ミタが痛みのあまりからか失禁した、勢いよくあふれ出た尿がノガミのズボンの一部を僅かに濡らした。
「おっと」と慌てて足を引っ込めたがいかんせんあまりに急で完全には避け切れなかった。
彼女の性器から僅かに覗く高熱の鉄の棒にもそれがかかり、白い湯気となって流れの一部が蒸発する、
ノガミはミタの尿の掛かった部分を見やり、そして彼女に限りない軽蔑の視線を送る、そして「このクソアマ…」といまいましそうに呟いた。
そして今度はサイドテーブルから奇妙な形状をした鈍い輝きを放つ金属の器具を取り上げた。
それはどことなく果物の西洋梨に似た形状をしている。
ノガミはその器具の突端、つまりこれを梨と例えるとヘタの部分、もちろんそれは果物のヘタのようにか細くはなく、その西洋梨のようなふっくらとした曲線を描くその器具の一番細い部分と同じくらいの太さはあった、それは大体直径にして4〜5センチといったところか、長さも8センチほどもある。
そこにある小さなツマミを動かすと、微かなモーター音と共にその器具が花弁が開くように三枚に分かれて広がり始めた。
これも「猫の爪」同様、中世ヨーロッパで開発された拷問器具の一種でその名を「洋梨」または「苦悩の梨」という。
まさしくその形状に見合った名前だ。
だが中世のものが手回し式だったのに対し、こちらはモーターで開閉するように改良されている。
ノガミは再びツマミを動かし開かれたそれを一旦元の形状に戻すとそれを彼女の肛門にあてがいグッと一気に奥へと押し込みはじめた。
彼女は死んだようにぐったりしていたがその刺激には反応したのかビクッと身体を痙攣させる。
「う…っぐあああああっ」
新たな痛みが加わったことでまたも彼女の口からいささか品性に欠ける悲鳴があふれ出す。
そして容赦なく捩じ込まれてゆくその洋梨状の器具の一番膨らんだ部分が強引に飲込まされるとさすがにその痛みは耐えがたかったのか、ミタが身体を大きく反らせて腹の奥から搾り出すような声をあげる。
この洋梨の一番太い部分はどう考えても人の肛門に強引に押し入れるには大きすぎた、プチプチと肛門が引き裂かれる音がして括約筋が無残にも引き千切られる。
「いたあああ、やめてええ…!」
やっとのことで根元まで捩じ込ませると、一旦は死んでしまうかと思うほどの耐え難かった苦痛から開放される、だが異物を飲込まされたそこの拡張による圧迫感と無理矢理引き裂かれた入り口付近の痛みが消えたわけではない。
とはいえ、もはやそのか細くて長い手足意外はどこもかしこも傷だらけで痛まない場所を探す方が難しいくらいだったから今の完全に洋梨を飲込まされた状態ではそこの部分の痛みが一番痛いというレベルではなかった。
だが、この器具の恐ろしいところはこれからなのだ、ノガミが彼女の肛門から出ている洋梨のモーター部分についたツマミを細大にまで上げる。
すると彼女の直腸内でそれは開き始め、腸壁をさらに拡張させ内部から破壊を始める。
「うぎゃっ、ぐががが、ぐぎゃああ!!」
ぶるぶるっと彼女が身もだえかぶりをふって喚き散らす。
「一見、表から見ると何も起こってない様だけど中はさぞかし酷いことになってんだろうなー」
ノガミが口元に指先を当ててくっくっと控えめな笑いを漏らしながらその様を観賞する。
やがて洋梨と肛門の僅かな隙間から大量の血が流れ始める、どうやら洋梨は腸壁を突き破り始めたらしい。
ミタが口をパクパクと動かし、身体を限界まで伸びきらせて大きく痙攣する。
「……ヒギ…ギア……エ…ガ…ッ…」
口から出るのはもう血の泡と意味をなさないうめき声だけだ、彼女の脳裏は限界を超えた苦痛にのみ占領されていた。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」という声が頭の中で幾重にもこだまして、単語として意味をなさなくなりつつある。
出血と痛みのショックでもうとっくに死んでいてもおかしくはないのに、何故か彼女の生命は尽きることが無かった。
その上、ノガミはとどめとばかりに、彼女の中で完全に開ききった洋梨の突端を両手でしっかりと掴んで片足を彼女を拘束している台にかけると「せーの!」と掛け声をかけて無常にもそれを引っ張り出そうとし始めた。
引っ張られた直腸が裏返り、更に溢れる血の量は多くなる。
「アガガガガアアアア」
ミタが大きく口を開けて滅茶苦茶な叫びを発するが、さすがに開かれた鉄の花弁が彼女の中でフックのような役割を果たしているので簡単にひっこ抜くなど度台無理である。
…その筈だった。
細身のノガミにそんな力があるとは到底思えないが、彼は歯を食いしばってこれでもかと渾身の力を込めた。
「ぬうう〜っ!…そりゃあっ!!」
威勢の良い掛け声と共に、なんとそれは彼女の中で花弁を開いたままブチブチと音を立てて引き抜かれてしまった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
彼女はまなじりが避けんばかりに目を見開いて絶叫した、
彼女の肛門はいまや千切れて裏返った腸壁を幾つもはみ出させた無残な大穴と化していた。
「アガ…ぐぅう…」
溢れる鮮血は彼女から意識を遠のかせ、ショック症状を起こさせるとともに酷い悪寒をもよおさせた。
彼女の顔色が、青を通り越して紙のように白くなり始める。
このまま出血多量で死ねたらどんなにか彼女は幸せだっただろう、だがそれをこの美しい悪魔は許さなかった。
ごく僅かな間失神状態にあっただけで、一旦遠のいた意識が鮮明な痛みとともに戻ってくる。
一体この悪魔はなにをしたというのか湯水が湧き出るかのごとくに血が溢れかえっていた直腸は相変わらず原形をとどめない状態にあったのにその出血だけが完全に止められていた。
ノガミが医療に通じてるとは思えない、なのにどうやって、本来ならば大手術が必要なほどの怪我の血を止めたのか。
拘束されたミタからはただ前後二箇所の穴から伝わる痛みだけが感じられるばかりでそこを直接見ることは出来なかったが壊れた蛇口からとめどなく水が溢れ落ちるようなあの出血の音はもう聞こえない。
そしてボンヤリとした視界の中で確認できたのはまたも見事に腕に刺さった針とスタンドに吊るされた輸血用パックだった。
「…う…ぁあう…何を、したの」
輸血のおかげか僅かながら状況を見て取れたミタが呻くようにノガミに問いかける。
「あん?見ての通りさ、お前が失血死で死んじまいそうだったところをオレ様が助けてやったんだよ、ホラ、礼は?」
彼女のいまだハッキリしない頭ではこんなことは現実不可能であることが判らなかった、ただ全身の強烈な痛みは鮮明すぎるほどに続いていたし、こんなに苦しめられてもまだ死を許さないこの女性よりも美しい顔をした悪魔に礼など言えるはずがなかった。
というよりショックで彼が何を言っているのかさえ判っていないのだろう。
「酷い…酷いわ…こんなの」
ミタの美しい双眼からハラハラと涙が零れ落ちる。
「あっそう!死にそうだったから助けてやったのに礼の一つもないわけ?本っ当嫌な女ー!」
ノガミが腕を組んで彼女を見下しながら憮然と言いのけた。
「そんなヤな女には罰を与えないとね」
彼はサイドテーブルの上から今度はハサミを取った、それは医療用でもなければ特別なものでもない、ただの裁縫に使う裁ちバサミだ。
「じゃーん!名づけて『うめずかずお原作・神の左手悪魔の右手・第一章 錆びたハサミ』の刑〜!長いな」
いまだ地獄の苦しみを味わい続けている彼女の目の前にさも楽しげにハサミを掲げて見せつける。
ノガミはハサミを手に彼女の頭の側に立ち、そのハサミの切っ先を、僅かに開かれた彼女の口に差し込もうとした。
極度の苦痛に苛まれているミタには一体何をされようとしてるのか予測できる思考は残されていなかったが反射的に口を閉じようとした。
だがそうしたところで柔らかい唇や頬の肉が硬いハサミの切っ先の侵入を防げるはずもなかった。
ハサミの刃の片側が彼女の頬右側に無理矢理差し込まれると、ノガミは持ち手の柄に力を込めて右の口の端から耳元まで勢いよく切り裂いた。
「ヒグゥ」とミタの喉が鳴った。
憎い女の顔を切り裂く行為はなんと愉快なのだろう、ノガミが楽しくてたまらないようにキャハハと甲高い声で笑い、いささか子供じみた愉悦を全身で表した。
「ひいや…あ……やめてやめて…」
首を左右に振って抵抗するがそんなものは僅かに作業を遅らせるだけでしかなかった。
髪の毛を引き抜かれんばかりにガッチリと掴まれその動きを妨害される。
今度はノガミが左側の頬にハサミを差し入れようとした、ミタはまた唇を噛締めて抵抗を試みたがそんなことをすればやはり唇や頬といった場所を無駄に傷つけられるだけである、抵抗も空しく同じように強引にハサミをねじ込まれ、左の頬も彼女の悲鳴と共に切り裂かれた。
彼女の顔から血がほとばしる、美しかったミタの顔は化け物じみた醜悪なものに変わっていた。
「あひゃっひゃ!口裂け女だ、古いなぁ、唇も切り取っちゃおうかなぁ…そうだよなぁ…スギタとキスしたんだろうし…ッ!あー!あー!うわー!!それ考えるだけでムカつくムカつくっ!!」
ノガミはまるで聞き分けのない子供のように地団太をふんで悔しがった。
この場に冷静な観察者がいれば彼の行動は失笑を買うほどのものだっただろう。
それでもひとしきり暴れて一応は落ち着いたのか、結局はそこでハサミを置いた。
「ふっふっ、スギタはさぁ…今のアンタを見てもまだ愛する自信があるかな?」
それ以上傷つける代わりに、ほら、と彼女の顔の前に大きな手鏡を突き出した。
そこに映し出された醜い自分の顔が目に入ると、空ろにさ迷っていた焦点が一点を結んだ。
「ア…アア……ァ……」
大きく見開らかれた瞳が絶望に彩られる、
たとえ今までの不遇がその美しさにあったとしても、美貌の女性が本心から醜くなることなど望むわけは無い、だが今、女性にとっての最大の悲劇がそこに映し出されていた。
「いやあああああああ!!!!」
鏡の中の自分に血を吐きながら叫んだ。
「あはは!!いいねいいね、なんて醜い女だ、スギタだって一目見て口おさえてトイレに駆け込むね、でも、今の君のほうがオレは好きだな、あはは!」
絶望に叫びつづける彼女に向かってさも楽しそうにノガミがあざ笑う、
限度を遥かに超えた精神的苦痛と身体の痛みで彼女の精神は限界に近付いていた。

彼女の崩壊し行く様を、今度は一転、静かな表情で見守ることにした。
ノガミはその腕をミタの血で染め上げていた。
そしてその舌で手の甲についた血を僅かに舌をだしてペロリと舐めた。
彼の美しい顔は今、さながら淫魔のような妖艶な笑みを浮かべ、怪物のようになった顔の彼女の残酷な苦悶を小気味良さそうに眺めていた。
不思議と、これだけ痛めつけられたというのに彼女の体は新たに与えられる痛みや精神的苦痛に過敏に反応した、もう死にたいという思いがあらゆる苦痛に支配された脳裏の中で浮かんだ。
ノガミがどういう意図か、顔を乗り出してミタと目を合わせる、彼女のぼやける視界に映ったノガミの顔はやはり女性よりも美しく、この世のものとは思えぬほどの凄絶さで微笑んでいた。

次の瞬間彼女の意識の一切が闇に落ちた。








(………?…痛くない…私は死んだの…?)

しかしそうではなかった。

ゆっくりと、顔を上げてみた。
ねずみ色の部屋、裸のまま拘束された自分、最初の頃と状況は同じだった。
だが、ノガミに散々痛めつけられたはずの身体は不思議となんの痛みも無く、それどころか傷一つ付いていないのだった。豊かな乳房もそのままである。
そしてノガミの姿もどこにも無かった。
(…?なにこれ…一体どういうこと?…あれは…あれは夢だったの?)
そのとき突然、部屋の奥の無愛想な鉄の扉がガンガンガン!と派手に鳴った。
その音にミタがビクっと身をすくめる。
バン!と派手に扉が開かれる、しかしそこに立っていたのはノガミではない。
だがよく見知った人物ではあった。
己のその余りある出世欲の為に裏切ってしまったかつての恋人、スギタだった。
「ミタちゃん!?」
ミタの姿を目にしてスギタが驚きに目を見張った。
「…スギタ君…スギタ君なの!?」
まだ頭が混乱していたが確かに見覚えのあるそのひとに警戒心が解かれる。
「…どうしたんだ!ケガは!?一体誰がこんな…」
スギタはただ事でない彼女の置かれた状況を見て駆け寄って来た、一見ケガらしきものは無いとはいえひどい格好をさせられている、すぐさま彼女の手足の拘束具を解いてやった。
「…どうしてスギタ君がここにいるの…?」
ベルトが全て外されると身を起こし、手足を丸め、小さく弱々しくミタが尋ねる。
「…ここに君がいるって、匿名の電話があったから…イタズラかとも思ったけど気になって…」
彼女は不思議に思った。
一体誰がそんな電話をしたのだろう?よもやノガミであろうか?いや、実際彼に傷つけられたはずの体は無事だし、あれは全て夢であったにはちがいないが…。
そもそも夢であったなら自分を傷つけたのが本当にノガミだったのかも判らない。
ともかくようやく自由が訪れ苦痛から解放されたのだ、そう実感した途端、急に涙が溢れてきた、自由になった腕で思わずスギタに泣きながら抱きついた。
「もう、大丈夫だよ」
スギタがミタを抱きしめたまま泣きじゃくる彼女にやさしく言い聞かせる。
「わたし…」
大きな安堵感に力が抜ける…そうだ、あれは現実ではなかったのだ。
「…幻覚だったんだわ…」
間違いなく何らかの方法で彼女は恐ろしい拷問の幻覚を見させられていたにちがいない、彼女は今、その悪夢からようやく解放された。
しかしあの凄まじいまでの痛みと恐怖、本当にアレがただの幻覚だったのだというのだろうか?
それにしては生々しく体に残る感覚にミタが大きくぶるっと身体を震わせた。
彼女の顔面は蒼白で哀れなほどに震えていた。
それを見たスギタは自分の着ていたジャケットを脱ぐとすぐに裸のままのミタに羽織らせてやった。
状況は完全に把握できないもののともかく彼女を早くここから連れて逃げた方がいいのではと思った。
しかし今彼女に歩かせるのは無理だろう、スギタはミタを両腕で抱き上げてドアに向かった。
「…スギタ君…、私を怒ってないの?」
とミタが涙に濡れた顔を上げた。スギタも足を止めて、しばし彼女と見つめ合った。
「…そのことはもう良いんだ、それより会社が君を追ってる、バカなことをしたな」
その言葉にミタが睫毛を伏せる。
そうだ、我が出世欲の為に会社はおろか恋人までをも裏切ったのだ。
「ともかく、君の盗んだ情報は会社に返すんだ、それで許してもらえるわけじゃないだろうけど、他の企業はおろか国ぐるみで君と君の握ってる機密を追っているらしい、こうなれば警察なんか当てにならない、ほとぼりが冷めるまでどこかに身を隠した方がいい、俺と一緒に逃げよう」
最後の言葉は意外だった。
「…私を…かばってくれるの…?」
私は貴方を裏切ったのに?
「…まぁ、俺も一応は大人だしね」
そういって彼が照れたような、やや不器用な笑顔を見せる。
思いがけないスギタの言葉にミタの涙腺がふいに緩む。
「大丈夫、俺が守るから、何とかなるさ」
そう言ったスギタがとても優しく逞しく見えた、それと同時にたまらない罪悪感も込み上げてきた。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…」
ミタはスギタの腕の中で泣きじゃくった。

私はなんておろかなことをしてしまったのだろう。
こんなにも私を愛してくれたこの人を裏切ってしまうなんて。
それで私に何が手に入ったというのだろう?
逃亡の日々と孤独だけではないか。
莫大な報酬や地位や名誉などそれほど魅力のあるものだったのだろうか?
私が本当に欲しかったのは安らかな日々だったのかもしれない。
…この人がいてくれるならそれも叶うかもしれない…。

忘れかけていた彼への愛しさが甦り、これまでの自分が盲信していたものが価値のないものに思えた。
やはりスギタを愛していたのだ。
かつて彼に抱かれて安寧を覚えた日々を思い出す。
「…だいじょうぶ、下ろして、もう一人で歩けるわ」
彼女の足がそっと地に付いた、
「さあ、行こう」
再び二人は歩き出した。
そしてスギタがドアに手をかけ、開けた。
するとそこには誰であろう、かのノガミが不敵に微笑みながら立っていた。
「ノガミさん!?」
「ノガミ!?なんでお前がここに…?」
ミタとスギタが同時に驚きの声をあげる、ノガミは二人の前に立ちふさがるようにそこにいた。
「…ずっるいなぁ、ミタさん、オレもスギタにそんな優しい言葉一度でいいからかけて貰いたいもんだよ、スギタってばオレの顔を見れば『死ね』の『殺す』のだもんね、でもスギタに罵倒されるのもちょっと快感だったりして…」
ノガミの口の端がさらに釣りあがり、並びの良い真珠のような美しい歯が見えた。
ついさっきまでこの男の狂気をさんざん見せ付けられたミタが恐怖で反射的にスギタの腕にしがみつく、それが現実であろうと幻覚であろうと彼に対する恐ろしさは消えない。
「あのさ」
ノガミが1歩歩み寄り反対に彼らが後ずさる。
「ミタさんに、良いこと教えてあげる」
ノガミはスギタを無視してミタにだけ目線をあわせる。
さらにミタが身を縮め引き下がる、スギタに絡めた腕に力がこもる。
「全部ウソなんだよ」
ノガミの長いまつげに縁取られた形のいい薄茶色の瞳が灰色に変化し、不気味に輝きを増した。
何がウソ?とミタが聞き返そうとしたそのとき、ノガミが顎でしゃくってスギタのほうを示す、ハッとしてミタがスギタに視線を向けると、さっきまで確かにスギタであったはずの顔の所は白い糸に繋がれた赤い風船に変わっていた。
「ひ!」
ミタが引き攣った悲鳴をあげて思わずしがみついていたスギタの腕を離す、すると風船がふわりと胴体を離れ不思議と天井に上がりきることも無く空中をさ迷いノガミの頭の上を越え、開かれたドアから揺られながら出ていった。
そして残ったスギタの胴体はまるで支えを失ったマネキンのようにバランスを崩しゆっくりと、直立のまま地面に倒れる、だがスギタの身体は地面に倒れた直後ガラスのようにガシャンと派手な音を立てバラバラに砕け散り、その破片は水になって地面に落ち彼女の足元に広がった。
「あ…ああ…」
想像もつかなかった展開にただただ驚き、言葉も出ない。
「ね?ウソだったでしょ」
ノガミが小気味良さそうに呟く。
すると、今度は周りの空間がぐにゃりと歪み、ノガミだけを残しドロドロと溶けていった。
轟音と歪む視界の中でノガミだけが唯一その姿を保っていた。
ノガミの足の形にのみ床が残る、彼は彼女をただあざ笑っている、だがその声は聞こえない、だた辺りは耳障りな轟音に包まれていた。
「い…イヤ!!やめてええええぇぇえぇぇ!!!」
力の限りミタが叫んだ。

はっと気が付くと先ほどと同じ体勢に戻っていた、手足の拘束、全裸にされた自分、ねずみ色の部屋、そして傍らで見下したように嘲笑うノガミ。
だがやはり身体には一片の傷もついていない。
スギタが助けに来てくれたあれは夢だったのだ、いやこれも夢かもしれない、そうだ最初から全部ありもしない幻覚だったのだ。
しかしそうと自覚してもこの悪夢は覚めてはくれない。どうしたらいいのだろう、混乱する意識と恐怖に彼女はガチガチと奥歯を鳴らしていた。
「残念だったねー、スギタ来てくれなくて、でもあのスギタカッコよかったでしょ?」
震えてどうしようもない声を振り絞ってミタが言う。
「…こ…これも幻覚なんでしょ…あ、貴方が…わたしに見せてる夢なんだわ……」
いつの間にかノガミの手には手術用のメスが握られていた、それを彼女に見せ付けるように持ち上げててくるくると左右に回転させた、光を受けたメスがキラリと光を放つ。
そしてその切っ先をミタのすべらかな肌に近づけた。
ミタが「ひっ」と息を呑む。
「…これは幻覚よ…幻覚よ…痛いわけが無いんだ…幻覚なんだわっ!!ひっ、きゃあああああ!」
ミタの呟きが途中で悲鳴に変わる、ノガミが手にしたメスが彼女の腹にすっと縦一本の線を引いたのだ、線はやがてじわりと赤みを帯び、やがて染み出してきた血が表面張力の限界を超え行く筋もの細い流れとなってとなって溢れ出す。
「幻覚なんだ!現実じゃ…ないッの!」
さらにメスの刃先の方向を変え、今度は乳房の下をラインに沿ってなぞるように線をつける。
「現実じゃ、ないのに!!どうして痛いのよぉ!?イヤア!やめてぇ!!」
さらには丁寧に縦に引かれた線の終端、恥骨のある所の少し上くらいで終わってるその端にあてがうように横一文字に切れ目を入れる。
ノガミはその切れ目に指先を当てるとグッっと力をこめ傷口につっ込んだ、ミタが大きく絶叫し、仰け反る、そして皮膚を掴んで観音開きに腹の皮をベリと引き剥がした。
ミタが大きくビクビクっと身体を跳ね上げる。
そこには艶々としていて、湯気でも上がりそうなほどの暖かい剥き出しになった内蔵があった、しかも見事に傷一つ付けられていない。
ミタの目線はおおよそ一生見ることなど無かったであろう自分の内臓にクギ付けになっていた。
「…ひぃぃい…」
口をパクパクと開け閉めしている彼女を満足そうに見やると、こんどはその両腕を開かれた彼女の腹に置く深くまで差し入れた。
「ヒグッ!!」
一層大きくミタの体が仰け反る、あまりの激痛に一瞬意識が飛ぶ。
だがすぐにノガミが鷲掴みにした腸をぐいっと乱暴に引き出すと、そのさらなる痛みで覚醒させられる。
グイグイと腸間膜を破りながら腸を引き出せるところまで引っ張ると獣じみたうめき声を上げていた彼女の動きが途端に小さくなった。
ヒクヒクと痙攣し口から舌を突き出して、白目を向いて見るも無残な様相を披露していた。
「おやぁ?どうしたの?幻覚なんだろ?痛くないんじゃないの?」
両腕はおろか顔まで真っ赤な鮮血に染めたノガミがからかい口調で尋ねる、そして引っ張り出した腸を臓器を無造作にメスで次々と切り離す。
中身が一掃されて残ったのは肝臓や心臓、肺、腎臓といった生きるのに最低限必要な臓器だけだ。
景観のよくなったミタの体内にノガミはある小さな器官を見つけた、彼がその臓器に手を伸ばす。
それは彼女の子宮だった。
しばらくそれを指先で弄んでいたが、飽きたのかそれにメスをあてがい切り離すと、まるでゴミのように床にたたきつけ、足で踏みにじった。
そしてポケットから子ビンを取り出すと、腹を空っぽにして昏倒しているミタの鼻先に近づけた。
ツンとしたアンモニア臭が鼻をつきミタの意識が覚醒される。
「…くぅう…」
「一度だけ、チャンスをあげようか」
何を思ったか、ノガミが彼女を拘束している手足のベルトをおもむろにメスで切った、もちろん彼女の腕に傷をつけないように、などとの配慮は全く無く。
「今なら、まだ優秀な医者ならお前を救えるかもね、けどオレは呼んでやる気無いから自分で呼びに行くんだ」
その言葉にミタの涙に濡れた目がわずかに焦点を結んだ。
この状態の彼女に自分で助けを呼びに行くなど不可能に思えた、だが、今瀕死の彼女に強烈な生存本能が働きかけていた。
驚いたことに台座の上からゆっくりと、彼女が身を起こす、だがやはり激痛にバランスを失い、転がるようにして床に落ちる。
しかしなんとか体勢を立て直そうとするも立ち上がることは叶わなかった。
彼女は血と床にうち捨てられた己の臓物の中に何度も突っ伏しながらながらそれでもヨロヨロと四つん這いのまま進んでいく。
本来この状態ならは到底動くことなどできようはずも無いのに不思議と彼女の身体は動いた。
「オラ、遅せぇぞ!馬鹿女!もう一度捕まえてやろうか!?」
ノガミが野次りながら彼女の尻を蹴飛ばす。
それでもどうにか長い時間をかけて入り口までたどり着いた。
強烈な激痛と腹の痛みと違和感と、そして恐怖に背中を押されながらドアノブに手をかける、だが大量の失血で体は思うようには動かず、血脂ですべる上に握力の衰えた震える手ではなかなか空けられない。
ガチャガチャと虚しい音が部屋に響く。
「早くしないと捕まえるよー5・4・3…」
と背後からノガミの声が聞こえた、
「…ひ…」
ミタが恐怖に背中を押されながらどうにか何度か目に、ついにドアノブを回した。
そしてほとんど倒れこむようにして扉を押し開く、まだ見たことの無いこの部屋の外へ…。

まず、彼女の目に飛び込んできたのはまぶしい光だった。

そして白い視界にゆっくりと色が戻る。
灰色。

灰色だった、
見渡す限りの灰色の光景。
風の大きなうねりが耳を覆う、はっきり戻った視界には何も無かった、ただただ、灰色の平原が続く、この世ではないような場所。
建物の影はおろか、灰色の地面と、灰色の雲に覆われた空しか見えなかった。
恐る恐る、ミタが今出てきた扉を振り返ると、それはただの扉だった。
正確には扉の枠とそれに付随する戸板しかなかったのだ、その向こう側にはたった今までいた筈の部屋すらも無くなっていた。
粗末な扉枠が、ただ、彼女をあざ笑うように聳えていた。
その枠の向こうにもただ灰色の世界。
もう、どこにも行くところも帰るところも無かった。
「・・・い・・・や・・・」
体がガタガタと震えた、首を左右に弱々しく振り、腹筋が取り去られたにもかかわらず、膝立ちになった彼女はままおぼつかない足取りで一歩を踏み出す。
びちゃびちゃと腹から流れる血を跡に残しどこへともなしに痛みも忘れ亡霊のようにさ迷い歩く。
どこまでいっても続く、無。
やがて彼女のその瞳から正気の色が失われた。
ミタの精神は限界を超えてしまったのだ。


ノガミ・ショウヘイが手早くベッドに寝かされているミタの頭に取り付けられたデバイスやハードウェアやコードを取り外していた。
機材を手早く纏めるとそれを自分のデイバックに無造作に詰め込んであたりを見渡す。
「さてと…これで全部だな」
ここはホテルの一室、ミタが取っていた部屋だった。
証拠を残していないか念入りに確認を終えると来た時に着用していた肉付きの良い黄色いワンピースを着込み良く出来た老女の顔のマスクをかぶってデイバックをひろいあげる。
そして横たわる白いワンピースのミタ・ユキを振り返った
「どう?お嬢さん、私の作った幻覚拷問プログラムは?お気に召して?」と老女の声で柔らかに騙りかけた。
ベッドの上の彼女は空ろに目を開き、口の端からよだれをだらしなく垂れ流しにしている。
彼女は生きていた、身体に外傷の一つも無く、だがその精神は絶望的なほどに破壊されていた。
そして美しかった黒髪は全て老人のように真っ白になり果てていた。

黄色いワンピースの老女は用心深くドアを開けると足早に部屋を後にした。
その姿を目撃したものは誰もいなかった。
時刻は夜の11:10分を差した所であった




END



登場人物の名前と原作の出展元:古城十忍「赤のソリスト」より。


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