【バトルスターギャラクティカ・アナザーストーリー】





「キドー・B・バレリー大尉、入室許可確認しました、どうぞこちらです」
衛兵に案内されて初めてここへやってきた。覚悟はしてきたつもりだった。

我々の仲間だったテンペランス・スレイス少尉は、いつも笑いの中心にいて、我々チームのムードメーカー的存在で、屈託の無い明るく気のいい青年だった。
特に、俺の兄、ナチにはどういうわけかことさら懐いて、まるで雛が親鳥の後をただ無心に付いていくようにいつも一緒に居たがった、そしていつしかナチも彼を一番に可愛がるようになった。
その様は誰の目にも微笑ましく映ったようだが、俺だけは違った、早くに両親を亡くしこの6歳年上の兄に育ててもらったようなものだったから、我ながらつい子供じみた嫉妬でそれを受け入れ難くて、テンペランスをことあるごとに邪険に扱ったがそれで彼がめげたことなど一度も無かった。返って俺を「重度のブラコン」呼ばわりして笑っていたくらいだ。
彼の周りで笑いが途絶えることはなかった、彼とパートナーを組んでラプターを操縦しているマギーことマーガレット・シュート中尉も、俺の一番弟子アレックス・マンデー少尉も皆、彼を好きだった。俺でさえ天真爛漫とは彼の為にあるような言葉だとさえ思っていた、本心では自分も彼を本当に嫌ってなどいなかったから。

かつてテンペランス・C・スレイス少尉はそれほどまでに皆に愛されていた、彼もきっと我々を同じだけ愛してくれているのだろうと誰もが疑いなく信じていた。

だが違った、あれはサイロンだった。
俺達は裏切られたのだ。

我々人類が生み出したサイロン、だが彼らは我々人類を敵とみなし、人類を殲滅すべくある日突然、戦争を始めた、50年も前のことだ。
その戦いに一度は停戦という形でけりをつけ、40年もの長きに渡り姿を隠し沈黙してきた彼らのことを、我々は次第に忘れ既に過去のことだと記憶も遠くなっていた。
だがその実、彼らは目の届かぬところで静かに、しかし着実に独自の進化を遂げていたのだ。
このように何年一緒に過ごしてさえも何の疑念を抱くことや僅かな差異すら見出せないほど人間に近く、その遺体を解剖してさえ人間との判断が難しい程のサイロンが現れた。
最早生物と遜色ない、センチュリオンのような銀色のロボットではなく、生きた細胞を持ち栄養や酸素を必要とするバイオロイド。
彼らは我々がそうとは気が付かぬうちに、我々の生活の中のありとあらゆるところに深く入り込んでいた。そうして着々と準備を整えていた。人類抹殺の為の準備を。
彼らそのものが過去のものになったと思い込んでいた人類に、再び、何の前触れもなく彼らは沈黙を破り一斉攻撃を仕掛けてきた。
この奇襲で、我ら人類の故郷である12コロニーは核攻撃を受け、豊かで平和な繁栄を謳歌していた200億を超える罪なき人々は皆死んだ。
生き残ったのはたった5万人弱。強固なコロニアル艦隊も最早ギャラクティカとこのペガサスを残すのみとなった。
その生き残った者達も執拗なサイロンの襲撃に怯え、故郷である星を捨ててただひたすら逃亡する生活を余儀なくされる羽目になった、そして実在するかどうかも分らない「地球」という名の安住の地を求め、広大な宇宙を彷徨う運命となったのだ。
今、我々は交戦状態にある、サイロンが憎い、サイロンは敵だ、こと人型サイロンは人間の振りをし、我らの生活に巧みに入り込み、信頼を勝ち得そしてここぞというところで寝返った。

何故裏切った?
「テンペランス」?
それとも「13」か?
どちらでも構いはしない。
何故俺達を騙した?

―知らなかったんです、自分がサイロンだなんて…人間だと思ってた…
―薄々は…もしかしたらって…でもそんなはすがないって、ずっと…
―覚えてないんです、どうしてあんなことをしたのか…
―どうか許してください、僕は、貴方達を裏切るつもりなんて…

信じられるものか。
たとえその身体が生きた細胞で構築されていてもお前の本質はただの機械だ、そうやって涙ながらに訴えるのも人間の心理を研究し尽くしたお前たちサイロンが人間の「同情」を得る為に、脳の代わりに詰まったソフトウェアが命令して演じさせているだけだ。
どんなに人間に近づけても、所詮トースターに手足が生えたようなものに過ぎない、騙されるものか、騙されてなどやるものか。
特にナチにはもう二度とお前とは合わせる気は無い、ナチは、俺の兄ナザルバイェフ・W・バレリー大尉は、お前を誰よりも大切に思っていた。
だがそれはお前が人間だと信じていたからだ。兄は愚かな人間ではない。機械を愛せる人間などいない。ナチだってお前をもう人間だとは思っていない。
現にナチもそう断言したではないか、俺が愛した者はこの世に存在しない、幻だった、と。

だが、弟である俺とは真反対に、酒にだけは異常なほど強く、酔いつぶれるということが出来ないナチは、どこから手に入れたのか薬に手を出し始めた、違法な興奮剤や向精神薬、睡眠薬。
あの堅物で真面目で根っからの職業軍人のナチが薬を?信じられない。それもみな、テンペランスという存在を忘れる為、それほどまでに深く我々の心に入り込んだあの忌々しいサイロンを、どうにかして追い出す為に。そうして迷いを捨てきれずに苦しんでいるナチに俺は言ってやった。

―サイロンどもは人間を研究し尽くしている、だから我々の心に取り入る演技をすることのなど容易いことだ。
―あの好意的な笑顔も、献身も、お前に褒めてもらいたくてしたことも、全部嘘だった、ただのプログラムだ。
―俺達は出来の良いトースターに騙されていたんだ、忘れろ、テンペランス・スレイス少尉など、初めからこの世に存在しなかった。お前もそう言ったじゃないか。
―あれはただの機械人形だ、背中の紐を引っ張ればいくつかの言葉をランダムに喋る子供向けの玩具と何の差も無いただの「人形」だ。

マギーも、アレックスも、テンペランスがサイロンだと判って以来笑うことも彼の名を口にすることもなくなった、皆、裏切られて傷ついていたのだ。
それそこどこにもこの憤りをぶつけることすら出来ず、かつて仲間だったあいつの名前を真っ当に呼ぶことさえ出来ず。
その上俺達は他の士官たちに「サイロンにまんまと騙され続けた間抜けども」というレッテルを貼られさえした。ことナチに対する中傷は酷かった。ナチが侮辱されるいわれなど一つもないのに。
「お前の兄貴はトースターとファックできる男なんだってな」ある士官に言われて、俺は迷い無くそいつをぶん殴った。
30日ほど拘禁室に入れられたがどうということは無かった、ナチを蔑まれること以上に俺にとっての屈辱はない。
こんなにも俺達を貶めたのは、傷つけたのは、ただの機械人形、憎き人類の敵サイロンだ。
だから今更あれがどんな姿になろうと、どんな目に合わされていようと、エアロックからゴミのように宇宙空間に放り出されようと、もう、構わないはずだった。
半年前ケイン提督の直属の部下ターナー中尉の手に引き渡すのさえ、なんの躊躇もしなかった、俺は正しいことをしたはずなのだと信じていた。
ナチが迷いを捨てきれないのなら、ナチに出来ないのならば代わりに俺がやるべきだと信じて疑わなかった、これは正しいことのはずだと。

本能的な嫌悪感が冷たいものとなって背中を這い上がった。
強化ガラスの向こうに横たわる人物を、俺はかつて見知っていたはずの者と同一人物だとは信じられなかった。
頭では判っていても理性が拒否した。あれは、違う、あんなのは違う、と。
ガラス張りの独房の中、柔らかい寝床さえもなく、冷たい床にただ物のように転がされているその人物。
腕は後手に厳重に拘束され、足も首にも家畜かなにかのように同様の拘束具が着けられていた。
とても記憶に存在するあの「彼」とは思えないほど痩せ細り、粗末な囚人服から覗く部分に、痣や傷の無いところなど無かった。
目は虚ろで、横たわったまま身動き一つしない、ただ、生きているだけの状態。
恐らく、長いこと真っ当な食事さえ与えられず、ただ手慰みに虐待され続けてきたのだろう。
「…開けろ」
俺が命じたはずなのに実感が伴わない、脳の片隅からは、駄目だ、入ってはいけない、これ以上見てはいけないと警告が発せられていた。
ドアロックが解除された途端、思わず顔を顰めたくなるほどの異臭が鼻を突いた。
不衛生な環境に放って置かれた為に彼自身から臭うのか、それとも吐瀉物や排泄物がこびり付いた粗末な囚人服から臭うのか、あるいは、一応手当てらしきものはされているものの、恐らくは故意的に負わされた重度の火傷だろう、皮膚は剥がれ膿だらけになり指先のほとんどが失われ半分腐りかけた両足の先が臭うのか、もしくはそれら全部か。
人型サイロンは汗をかく、涙を流す、血を流す、髪も爪も伸びる、空腹や喉の渇きを覚える、そして人間並みの感情と、痛みを知っている。
俺が近寄っても無残な姿で横たわったままそれは何の反応も示さない。虚ろな目には何も映っていなかった、俺の顔さえ、もう判らないのだろうか?
「そいつ、つい半月ほど前までは我々の顔を見るだけで怯えて泣き喚いて、独房内を惨めに這い回って逃げては生意気にも殺してくれ、なんて言ってたものなんですがね、今じゃすっかりこの調子です、痛めつけてもほとんど反応を示しません、つまらなくなったもんですよ、殴られすぎて脳の回路に異常でもきたしたのでしょうかね?」
どこか誇らしげに語る兵士の言葉が俺の頭の中で打撃となって暴れまわる。
こいつはなにをたのしそうにいってるんだ?
見れば、足先が腐りかかっているだけではなく、手の指も左手の親指と人差し指の中ほどを残すだけでなくなっていた、顔の半分、床に面した方の顔がケロイド状に醜く引っ釣れ、そちら側の眼球もなくなっていた、これは顔を焼かれたときに失ったのか、それともその前か。
これほど痛めつけられ弱った体で逃亡など図れようはずも無い、なのにこの厳重な拘束は何の為なのだ、何ヶ月もまともに動かせなかったであろう手足はもう骨格を薄い皮膚が覆っているだけの状態だ。
この体のどこかに痛まない部分などあるのだろうか?
「拘束を、解け」
自分の口から出たとは信じ難いほど重く冷たい声だったと思う。だが衛兵はその命令には躊躇を示した。
「しかし、これは以前に何度も壁に頭をぶつけて自殺を図ったことがありましたのでやむを得ずに、それに手首を噛み千切ろうとしたことも…」
「いいから自由にしてやれ!これは命令だ!!」
これほどの大声を上げたことはずいぶんと久しかった、だが頭に血が上ってどうしようもなかったのだ。

自殺を図ろうとした?機械が?機械のはずなのに?苦しみから逃れたいあまりにそんな真似を?もうこれ以上は耐えられないと?





あのテンペランスが。





程なく拘束が解かれ、自由の身になっても彼はやはり身動き一つしなかった、時々起きる僅かな不随意運動が、彼にまだ命があることを示している。
良く見れば焼け爛れた顔の側の耳も切られ、なくなっていた、聴覚はまだあるだろうか?
裾の短い囚人服の隙間から見えた足の間に性器は無く醜く黒ずんだ粗い縫合の痕しかなかった。
「…水と食料をもってこい…」
声を出すのが精一杯だ、目眩がする、吐き気がする、頭が痛い、胸が苦しい。

俺は、間違っていたのだろうか?

運ばれてきた食料を目の前に置いてやっても何の反応も無かった、俺はそのトレーから一片の林檎を手にとって一口齧って見せた。
「何も入ってやしない、お前のだ、食べろ」
或いは腕がまともには動かないかもしれないので、それ以前に残った指もほとんど無いので、それを口元に持って行ってやった。
落ち窪んで虚ろになった残った方の目がのろのろと動いて俺と目の前の林檎を見た、視力はまだあると分った、それでもそれ以上の反応は無い、やはりもう俺の顔も判別できないらしい。
空腹なはずだ、それでもなかなか口を開けようとせず、焦点の合わない目をしばらく彷徨わせていたが、ようやく、一口だけ齧ってくれた。
ゆっくりとだが咀嚼してくれたことを、俺は僅かに安心して見守った、ところが途端に激しく咽かえり、苦しげに体をくの字に折り曲げた。
喉に詰まらせたかと思った俺は咄嗟に彼の体を引き上げ、口の中に指を突っ込んで吐き出させようとした。

今度こそ、俺はあらゆる言葉を失った。

その口内には、舌が無かった。

これは、いや、彼は、かつて俺達の「友人」だった。
口の中から詰まったものが取れると、彼の身体を出来る限りそっと元通り床に横たえてやった。
切除された舌は処置をされていたがそれが瘤状になって喉を大きく塞いでいた、固形物は、今はまだ摂るのは難しいかもしれない。
俺は一度自分の口の中で噛み砕いて柔らかくしたものを彼の口に運んでやった。
可笑しなものだ、お前を、表面上は嫌って見せていたこの俺が、よりにもよってずいぶんと親切じゃないか?ナチがこんな真似をするならわかるが、なあ、テンペランス。
恐らく俺の行動を奇妙な目で見守っているだろう衛兵どもに振り返りもせずに問うた。
「なぜ舌が無くなっているんだ」
「ああ…ですからそれは最近のことですが自分で噛み切ろうとしたので、軍医殿と相談してそれならばいっそこの際だから切除してしまおうということになったんです、別に喋る必要などありませんから、ただ命乞いが聞けなくなったと残念がる者もいますが」
そうか。
虐待したのは本当にただの享楽の為だったというのか、何らかの情報を吐かせる為ですらなく、人型サイロンの生態を知る為ですらなく。
人間じゃないから、サイロンだから何をしても構わないというのか。
これが痛みを感じない本当にただの機械だったなら面白く無かっただろうな、だが苦痛や恐怖や苦しみを感じると知っていたからこそここまでしたのだろう?痛みにのたうちまわるから許しを請うから楽しかったんだろう?
センチュリオン型なら精々射撃の標的にでもして使い切っただけだっただろう。
俺達と同じように苦痛や恐怖や苦しみを知っている者に対して出来ることなのか?これが。こんなことが。

元々大した量も無かったが、それでも半分は食べさせられた、機械的に咀嚼し嚥下しているだけだったがだんだんとそのペースも落ちてきた、恐らく今はこれで限界なんだろう、これ以上無理に食べさせても吐き戻してしまっては元の木阿弥だ。
僅かでも水と食料を得られたおかげか、最初に見た土気色だった顔色も多少はましになったような気がした、もっともケロイドのない方の顔も痣に覆われ顔色など真っ当に見えやしないのだが。
俺はテンペランスの乱れ切った髪をそっと撫でた、その瞬間身体がピクリと動いた、一瞬だけ何も写していない筈の目に恐怖の色が見えた気がした、ああそうか、触れてはいけなかったのか。
「…何もしやしない」
そう言った自分の声は震えていた。

まだ半分程残ったトレーは置いて行きたかったが万一こいつが自発的に食べようとしてまた詰まらせでもしたら、誰も俺のようには親切には助けてやらないだろう、死なせてやりもしないだろうが。
また来る、心の中で囁いて俺はトレーを持って独房を出た。
扉が閉じられ、背を向けて真っ直ぐ帰ろうと歩き出したがほんの5メートルも歩かないうちに足がもつれるのを感じた、そのまま真っ直ぐに身体を保つことが出来ず壁にもたれかかった、手に力が入らない、足が動かない。
もう限界だった。

「人間だろう…?」

壁に頭を強く押し付けながら押し殺すように俺は呟いた。
「は?あれはサイロンですが…」
「違う!!俺達が人間だろうと言ってるんだ!」
恐らく、衛兵どもは俺をよほど奇異の目で見ていただろう、だがもうどう思われようとも構いやしない。
俺達は人間のはずだ、なのに人間並みに傷つく心があり痛みや苦しみを覚える相手に対して、それが敵であれ、機械であれ、どうしてここまで残酷になれるのだ。
サイロンならこんな無意味な拷問などしないだろう、殺すのであればさっさと殺す、生かすのなら無意味な苦痛を与えはしない。
それは奴等が機械だからだ、機械は不必要な行動を取らない、そして、愛情を持たない、その筈だ。
けれど俺達は、人間だ。
人間には感情も愛情もあるはず。
だがそれなのに同時に抑えようもない残虐さをも持ち合わせている。
俺達は、サイロンにも劣るというのか?
違う、人間の本質がたとえ残虐なものであったとしても、それを押さえ込む理性があるはずだ、愛情があるはずだ、許す心を持てるはずなんだ。

ナチに話そう。
俺の見た事を全て。

兄ならば絶対に許さないだろう、こんな蛮行を。
そして同意してくれるだろう、テンペランスを共に救うことを。

俺は間違っていた。
これほど自分の愚かさを後悔した事はない。
救ってやらなければ、相手が人間でなくても、敵であったとしても。
いや、相手がなんであるかが問題なのではない。
俺が人間かどうかの問題なのだ。
テンペランス、苦しいだろうがあと少しだけ待っていてくれ、約束する、もう二度とお前を見捨てない。必ず助ける。今度こそ間違わない。
俺達を恨んでいるだろうな、それでも罪を償わせて欲しい、許してくれとは言わない、許さなくていい、だけど俺達が人間であることを証明させてくれ。
サイロンを救う、それが人類に対する裏切りだとしても。

必ず。







注釈:サイロンも人間を拷問してましたし。人型モデルは12番までしかいないので13は完全なる捏造です。
    ちなみにこれはバトルスター・ペガサスでのお話です。ギャラクティカはメンバーが固定されてるから捏造しようがない。




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